約6万年前にアフリカを出たヒトは、ネアンデルタール人やデニソワ人と交雑しながら進化を続け、農業を開始し、産業を発展させ、近代社会を築いた。

 ここで大きな疑問が生じる。

 世界に先駆けて産業革命を成し遂げ、近代化したヨーロッパの人たちは、文明を発展させる能力において、他の地域の人たちよりも優れていたのではないか? 

 この疑問への答えは「ほぼノー」だ。しかし、「ほぼ」の内容をよく理解することが重要だ。この理解こそが、私たちの未来を考える鍵を握っている。

産業革命が“ヨーロッパで”起きた究極の理由

「世界に先駆けて近代化したヨーロッパ人は他の地域の人より優れているのか?」 

 このデリケートな問題に正面から挑み、進化学や生態学の考え方を取り入れて人類史を考えた本が、ジャレッド・ダイヤモンド著『銃・病原菌・鉄』だ。1997年の出版後、世界中で大きな注目を集めた名著であり、いまなおその内容は古びていない。スティーブン・ピンカー著『暴力の人類史』、ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』と並ぶ、人間を理解するための三大名著だと私は考えている。

 ジャレッド・ダイヤモンドは分子生物学の研究者であると同時に、ニューギニアの鳥類を研究する生態学者でもある。彼はニューギニアで知り合った部族のリーダーであるヤリという名の人物から次のような疑問を投げかけられた。

「あなたがた白人はたくさんのものをニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものと言えるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」

 この「なぜ?」という問い方は、進化生態学において大きな成功を収めたアプローチだ。生物が示す現象には、直接的な要因だけでなく、その性質を進化させた究極的な要因がある。

 たとえば私たちは病原体に感染されると発熱する。この発熱の直接的な原因は炎症反応だ。しかし、そもそもなぜ炎症反応が起きるのか? それは、私たちが進化の過程で免疫系を獲得し、病原体が感染したときには体温を上げて免疫反応を活性化する仕組みを持っているからだ。したがって、発熱したからといって解熱剤で熱を下げることは、必ずしも適切な治療法ではない。

 ヤリがダイヤモンドに問いかけたように、「ユーラシア大陸系民族と、そのアメリカ大陸への移民を祖先とする民族」が、世界の富と権力を支配しているという現実がある(「白人」「黒人」のような人種分類は生物学的には根拠がないことが立証されているので、ダイヤモンドは「白人」という表現を避けている)。

人類の地域差はなぜ生まれたのか

 このような人類社会の地域差はなぜ生まれたのか。この地域差の直接的な要因は、西暦1500年時点における技術や政治構造の各大陸間の格差だ。

 ダイヤモンドはこの格差の象徴として、ピサロが率いた約200人のスペインの部隊が、約2万人のインカ帝国軍に勝利を収めたエピソードを紹介している。