(英エコノミスト誌 2016年3月26日号)

米国の大企業はかつてないほどいい思いをしている。もっと競争を促すべき時だ。

 米国はかつてチャンスと楽観主義の国だった。

 今日では、チャンスとはエリートのためのものだと見られている。米国人の3分の2は、経済が既得権益を持つ人々に有利になるよう操作されていると考えている。

 また、楽観主義は怒りに変わった。有権者の憤激はドナルド・トランプ氏やバーニー・サンダース氏の台頭を後押しする。一方では、ヒラリー・クリントン氏のような政界インサイダーの勢いを弱める一因になっている。

 大統領選挙戦には、自由貿易協定からウォール街の無謀さに至るまで、責めるべきものが数多く見受けられる。しかし、米国式資本主義が抱える問題が1つ見過ごされている。それは、競争がどうしようもないほど不足しているという問題だ。

 米国企業のよからぬ秘密は、国外よりも国内の方が楽に稼ぐことができるということだ。国内事業の株主資本利益率(ROE)は国外事業のそれに比べて40%も高い。また、国内事業で得られた利益の総合計の対国内総生産(GDP)比は、過去最高に近い水準に達しているのだ。

 米国は自由企業制度の殿堂であることになっている。だが、実はそうではない。

米国に支えられて

 多額の利益は、卓越したイノベーション(技術革新)や賢明な長期投資の表れなのかもしれない。だが、そうした利益が、疑わしいほど長期間続いているとなれば話は別だ。

 利益率が非常に高い米国企業が10年後もそうである確率は、1990年代には約50%だった。しかし、今日では80%に達している。概して言えば、ずっとエクセレントカンパニーであり続ける企業もあるが、大半は競争激化のために利益を減らすと考えられる。ところが今日、既存企業は、以前よりも長期にわたって容易に稼げるようになっている。

 自分の勤め先の業績が良かったら有権者は喜ぶだろう、と読者は考えるかもしれない。だが、計上された利益が投資に回されなかったり、株主に配分されて使われてしまったりしたら、大きな利益は需要を押し下げてしまう恐れがある。