民主党政権は、内閣がトップダウンで命令すれば官僚は動くと考えていた(写真はイメージ)

 民主党と維新の党が合流した新党は、まだ政策も決まっていないが、党名だけは世論調査で「民進党」と決まった。台湾の民進党は「民主進歩党」の略称だが、こっちは意味不明だ。ここに新党の「選挙互助会」としての性格がよく表れている。

 1996年にできた民主党は、小選挙区制で没落するさきがけと社民党が合体し、そこに新進党が崩壊してできた小党が合流したものだ。2009年に政権を取ったときのスローガンも「政権交代」。何をやりたいのか分からないまま政権を取り、大失敗で立ち直れなくなった。

空回りに終わった「政治主導」

 民主政治の基本は、国民の支持を失った党は政権を失うという原則だ。しかし自民党は野党の要求も吸収し、バラマキ財政で巧みに長期政権を維持してきた。他方、野党は60年安保の敗北以降、政権を取ることを諦め、万年野党として生きてきた。

 高度成長による富の分配で政権を維持できた時代は1980年代に終わったが、自民党政権はバラマキ公共事業を続け、大量の国債発行で負担を先送りしてきた。

 2000年代に民主党がそれを批判したのはよかったが、彼らがその代わりに提案したのは「子ども手当」のようなバラマキ福祉だった。

 その財源は「総予算210兆円を組み替えれば20兆円の埋蔵金が出る」と民主党は主張したが、いざ政権についてみると具体的な予算の中身を知らないので、組み替えどころか予算規模はさらにふくらんだ。

 民主党がマニフェストで打ち出した政治主導というスローガンはよかったが、官僚を敵視して意思決定が混乱した。その最大の失敗が東日本大震災への対応で、菅首相はどなり散らすばかりで何もできなかった。