日本人は卵を年に329個食べているそうだ。ほぼ1日1個。メキシコ、マレーシアについで世界第3位だという。

「卵、そんなに食べてたっけか」と、驚く人もいるだろう。でも、実感がわかないとしても、それなりの理由は思い浮かぶ。

 卵料理はあまりに多様なため、卵を摂っている意識が起きにくいのだ。茹でる。混ぜてから焼く。そのまま焼く。生でかける。炒める。とじる。そしてほかの食材と混ぜあわせる・・・。

 仮に、卵の食べ方が「茹でる」だけなら、「ほぼ1日1個」の意識はもっと強まったにちがいない。

 そんな卵を、昔の日本人はほぼ食べていなかったという。これも驚きだ。卵がなかったわけではないのに、である。卵をほぼ食べなかった時代から、これほど多様な形で卵を食べる時代へ。その変わりぶりに理由がないわけがない。

 そこで、食べ方の多様化がどうして起きたのかという興味をもちつつ、今回は卵に目を向けてみた。

 前篇では、日本人の卵の食の歴史をひもといていきたい。卵が食べられ始め、食べ方が多様化していった経緯はどのようなものだったのか。

 後篇では卵の食べ方の多様性の秘密を、科学の視点で求めていきたい。調理をしているとき、卵にはなにが起きているのだろうか。

日本人は卵を食べることを避けてきた

 日本最初の歴史書『日本書紀』は、こんな記述で始まる。

<古、いまだ天地わかたれず、陰陽わかれざるとき、渾沌たること鶏子のごとく、その清く陽なるものは天となり、重く濁れるものは地となる>

「鶏子(けいし)」は鶏卵のこと。天地ができる前の混沌とした宇宙のたとえに卵が使われているのだ。

 卵を生む鶏も、神聖なものとして敬われてきた。天照大神が天岩戸に隠れてしまったとき、神の使いである鶏が鳴いて“太陽”を呼び出したと伝えられている。天照大神を祀る伊勢神宮では、いまも神鶏が飼われている。

 675(天武天皇4)年、天武天皇は牛、馬、犬、猿とともに、鶏を食すことに禁令を出した。「人間も動物も平等」とする仏教の戒律が理由だったと考えられている。

 その一方で、卵については食の禁令は出ていなかった。だが、日本人は卵を食べることを避けてきたのだ。そこには、食べると恐ろしい報いを受けるという因果応報の考えがあった。