(2016年2月9日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

EUに残るべきか去るべきか、2017年までに英国で国民投票へ

英国は今年夏に、EU加盟継続の是非を問う国民投票を実施すると見られている〔AFPBB News

 欧州統合プロジェクトに対する英国の関与は、我々英国人を縮み上がらせる上級特別クラスだった。自分たちがどこか取り違えていることは、はっきり分かっている。最初は参加するのが遅すぎ、今は自分の思い通りにするにはヤワすぎる。狡猾な大陸人に何度もカモにされる存在だ。

 この痛烈な決まり悪さは、史実に基づいているわけがない。

 何しろ過去の記録は、ユーロとシェンゲン協定の国境なき世界を避けながら、欧州連合(EU)の東方拡大を促し、単一市場を創設した国の姿を示している。

 欧州に関する英国の大きな決断について言える最悪のことは、まぐれ当たりで良い判断を下したということだ。

 外交においては、ロマンスに負けず劣らず、感情的な関与の欠如は、相手方が判断を熱情に委ねている間、断定を避け、多くの選択肢を残すことを可能にする。

 英国がEUの多角的な迷路をそれなりにうまく進んできたのは、数世紀に及ぶ戦争を終わらせるという目的論に魅了されていないからだ。自治に関する良好な経験は、英国が超国家的な実験を、ある運命に向かうステップとしてではなく、その是非で判断できることを意味する。過去から逃げ出していなければ、ものに激突することはないのだ。

薄暗い部屋でダーツするようなもの

 欧州における英国の実績に汚点があるとすれば、それは大がかりな民主的協議のタイミングだ。

 最初の国民投票は、役に立つには時期が早すぎた。2度目の国民投票にも、既にこれと同じ早計な空騒ぎの感がある。有権者は1975年に直接発言する機会を得た。英国が欧州経済共同体(EEC)に加盟してから2年しか経っていない時のことだ。有権者はこのクラブが抱く野心や将来の加盟国について知る由もなかった。薄暗い部屋でボードに向かってダーツを放つよう求められたのだ。

 もしあの国民投票が1986年に単一欧州議定書が国家主権と1つの巨大市場とを交換した時に行われていたら、有権者は例の統合のビッグバンを批准ないし否決することができた。有権者がノーと言っていたら、単一市場(英国のアイデア)とそれに伴う規制(フランスの交換条件)は今、それと認識できる形で存在していないかもしれない。