(2015年11月20日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

露外相「米がシリア協議拒否」、プーチン大統領は痛烈米批判

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領〔AFPBB News

 11月13日のパリのテロ攻撃を受け、世界中のビルがトリコロール(フランスの三色旗)にライトアップされた時、それはロシアへの弔意であっても何らおかしくなかった。やはり青、白、赤の三色旗を誇るロシアは、3週間前に爆弾がロシアのジェット旅客機を墜落させた時に219人の市民を失った。パリで129人の命を奪った攻撃にショックを受けているフランスと同じように、ロシアもまたイスラム主義者のテロの犠牲者だ。

 だが、フランスで繰り広げられる光景と異なり、ロシア国民は概ね、自分たちの悲劇について大きな疑問を呈したり、政府に答えを迫ったりすることを控えてきた。

 これは単にロシア人の有名な冷静沈着な態度の問題ではない、と政治アナリストらは言う。

 ロシア史上最悪の航空機墜落事故がウラジーミル・プーチン大統領と同氏のシリア軍事作戦にとって政治的な責任問題になるのを防ぐよう設計され、冷静に実行されたコミュニケーション戦略の成果でもある。

テロを認めたタイミングが持つ意味

 先延ばしがロシア政府の重要な戦術だった。西側諸国の政府が10月30日の墜落事故は過激派組織「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」が仕込んだ爆弾の結果だったとの懸念を表明し始めても、ロシア政府は2週間以上、テロの話をもみ消すことができた。

 悲運のロシア機の目的地だったサンクトペテルブルクでは即座に悲しみがあふれ出て、市の中心部の広場で徹夜の祈りが捧げられ、何百人もの人が空港で花を手向けた。ソーシャルメディアも哀悼の意を表す言葉であふれかえった。だが、政治とは無縁だった。

 「事故が起きた時点でテロ行為を認めていたら、シリア侵攻に対する罰と受け取られる可能性があったし、間違いなく、そう受け取られただろう」。元ロシア政府顧問のグレブ・パブロフスキー氏は、ラジオのインタビューでこう語った。「(そうだったら)ずっと痛ましい気持ちで受け止められたはずだ。また、ロシア政府は常に、この最初の痛切な反応を和らげようとする。時間が経てば経つほど、ほかの問題と入り混じってくるからだ」

 プーチン氏が方針を変えたのは、16日になってからだ。ロシア政府が公表した映像で、ロシアの諜報機関のトップが大統領に爆弾が航空機を墜落させたと報告する様子が映し出された。プーチン氏はそこで、シリアでの軍事作戦を強化すると宣言した。