前出の丸山さんは、「相手国の検察官には日本の検察官、弁護士には弁護士、裁判官には裁判官(派遣時は検事に身分を変更)が、それぞれ日々の業務を通じて専門的な知見を技術移転するスタイルが強み」だと指摘する。

 現地に寄り添うこうした取り組みが奏功し、10年近く協力を続けてきたラオスでは、最近、彼ら自身の手で民法の起草が進められつつあるという。

法整備が育む信頼感

 今回の研修では、実践に即した事例研究が特に好評だったようだ。

 今回の会社法案を起草した国家計画経済開発省の投資企業管理局(DICA)で会社の登記業務を担当するニーラー・ム部長と、この会社法案をこれから審査する連邦法務長官府(UAGO)で政府と国内外の企業の契約を審査しているチイ・チイ・タン・アゥン商業契約部副部長は、「具体的な係争を想定することによって、実際にこういうケースが起きた際、現在の条文案で解決できるのか、そして会社法自体が持つ意味について考えることができた」「事例研究を通じて、株式の譲渡や株主間の紛争の解決方法について具体的に学べた」と口をそろえる。

首都ネピドーで開かれた知的財産法に関するセミナーの様子(=プロジェクト提供)

 ミャンマーにおける会社登記や契約数がこの2~3年で急増していることを実感しているからこその感想だと言えるだろう。

 他方、国外に目を向ければ、東南アジア諸国連合(ASEAN)の地域統合と経済共同体(AEC)の設立が目前に迫る。

 域内の物品やサービス、投資、資本、熟練労働者の流れが自由化されることをにらみ、会社法や労働法などの法制度を域内諸外国の水準にまで高めておくことは、この国にとって、物流網や港湾、税関制度の整備と同じぐらい待ったなしの課題だ。

 経済統合が実現し、どの国でも裁判を起こすことが物理的に可能になったとしても、「ミャンマー国内で生じた紛争は、ミャンマー国内で解決した方がいいと誰もが思えるような司法制度を整備することこそ、ミャンマー経済の下支えにつながる」(野瀬さん)からだ。

 人口増加や外国投資の増加によって瞬間的には経済がある水準まで発展しても、「もめごとが起きたら裁判によって解決できる」という信頼感がなければ、最終的にはうまくいかない。

 その意味で、会社法の整備を支援することは、経済セクター全体への投資なのだと言える。だが、してもいいことと、してはいけないことの境界を明確にし、いざという時に紛争解決の最後の砦となる法律も、それをうまく運用できる人がいなければその機能は発揮されない。

 研修中、誰よりも積極的に挙手して質問し、グループの議論をリードする姿が印象的だったUAGO商業契約部のチョー・トゥー・ヘイン部長補佐は、「時代が変わり、外国投資の誘致が解放されたことから私たちの役割も変化した」との認識を示した上で、「これまではミャンマーの利益だけを考えていたが、今後は国際標準に合致した制度を整備し、外国投資家のことも公平に考えていかなければならない」と話してくれた。

 社会の変貌を受け、自身の役割を正しく認識した上で、祖国の法体系を国際標準に底上げしようと意気込むこの国の法曹人材たち。そんな彼らが作っていくこの国の新たな骨組みには、日本がこれまで培ってきた思想が確実に息付き、根を下ろしているはずだ。

(つづく)

本記事は『国際開発ジャーナル』(国際開発ジャーナル社発行)のコンテンツを転載したものです。