エルサレムの街並みを臨む筆者

「旅に出るの?」と友人が聞いた。

「出るよ」と答えた。

 そのときの居酒屋のカウンターの上には「なぜ」も「いつ」もなく、私の中で旅に出ることは決まっていたように思っていた。道は一つだった。

 グラスが汗をかいて、カウンターがびたびたになっている。木目に広がった黒染みを静かに拭いて、海ぶどうやゴーヤチャンプルの残骸をのけて、バッグからパソコンを取り出す。世界一周航空券を取ることも、どのルートで取るかも決めていたけれど、実際にポチッとするときは隣で誰かに酒を飲んでいてほしかった。

 冷房の風と呼応して、甘くて土っぽい匂いがする。泡盛の匂いは、ぬるくて、いい具合に気持ち悪い。一時帰国中の2012年、夏の終わり。

もう行けないあの場所

 5年ぶりに会う友人は、私が5年前に中東を旅したときに会った人だった。2007年のその旅は、2カ月で東欧と中東を回るという、いかにも学生の卒業旅行らしい旅だった。

 2012年になって、その夏ちょうど、シリアで邦人ジャーナリストが殺されたという事件があった。ニュースは駆け巡って、彼女の弔いニュースもそこそこに「海外は物騒だ論」はよく再燃していた。

 そういうわけで、私たちは泡盛を飲みながら、共に旅した2007年のシリアの話をすることにした。