(2015年7月30日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

ケインズの予言が正しければ、夏もゆっくり休めたはずだが・・・ (c) Can Stock Photo

 もしジョン・メイナード・ケインズが今、天国から筆者を見下ろしていたら――彼ならエコノミストたちの良い守護天使になるかもしれない――、筆者がなぜプールサイドでゆったりする代わりに、このコラムを書いているのか不思議に思っているだろう。

 「1日3時間で十分だ」。ケインズは1930年の論文「Economic Possibilities for our Grandchildren(わが孫たちの経済的可能性)」でこう述べた。

 この論文は、2つの有名な推論を提供している。2030年の人々は1930年の人々より8倍暮らし向きが良くなっている。そしてその結果、我々は全員週に15時間しか働かず、どうやって時間をつぶそうかと思っている、というものだ。

ケインズは半分正しかったが・・・

 ケインズは半分正しかった。今後15年間に何か大参事が起きなければ、世界の成長に関するケインズのバラ色に思える見通しは過小評価になるだろう。

 だが、1日3時間という労働時間は依然、なかなか実現しない(ケインズには子供がいなかったが、公共ラジオ局NPRの番組「プラネットマネー」は最近、ケインズの妹の孫を見つけ出し、週15時間しか働いていないかどうか尋ねた。彼らはそんな働き方はしていなかった)。

 では、ケインズはどこで間違ったのだろうか。2つの答えがすぐに頭に浮かぶ。1つは高尚な答え、もう1つはそれほど高尚でもない答えだ。

 高尚な答えというのは、我々は何らかの仕事をするのが嫌いではないというものだ。我々は、同僚と時間を過ごしたり、知的な刺激を受けたり、仕事がうまくいった達成感を楽しむ。恥ずかしい答えは、我々が一生懸命に働くのは、互いに相手より多くお金を使いたいという欲望に際限がないためだ、というものだ。