南部陽一郎博士(ウィキペディアより、2005年フィラデルフィアにて)

 突然の訃報が飛びこんで来ました。南部陽一郎先生が亡くなられたというのです。

 本当に少しの面識しかありませんが、正直非常に悲しく、何か大きなものを失ったように思っています。インターネットで南部先生の写真を検索してみて下さい。ほとんどの写真で南部先生は微笑んでおられます。

 微笑みの大理論物理学者、南部陽一郎という人の「大きさ」と「大胆さ」を振り返ってみたいと思います。

物理する喜び:快活な知性、南部陽一郎

 最初に私事から話を始めることを曲げてお許しください。物理学は途中で放り出した一音楽家にすぎない私には、南部先生の正式な悼辞を書く資格など全くありません。でも、南部先生との3度ほどの「出会い」がなければ、私が物理学を学ぶことはなかったと思います。

 最初に南部先生の思考に触れたのは講談社ブルーバックス『クォーク』という新書でした。ティーンの私は様々な蹉跌の中にありましたが、平明で魅力的な筆致の南部『クォーク』に強く惹きつけられました。

 初版で、そんなに複雑な数式は出てこず、しかし素粒子物理の「標準理論」の建設とその実証の要点が平明かつ「快活に」展開されている。

 私は南部先生の知の「明るさ」で、物理というものは「楽しい」ものなのだと気づくことができました。

 南部先生は今日の素粒子物理の標準的な枠組みのほぼすべてに、独自のアイデアを提供し、湯川秀樹博士以降の「素粒子物理というもの」全体を、ほとんど1人で構想するような、本当にスケールの大きな物理学者、いや自然哲学者だったと思います。

 今日のクオーク模型の元となった「西島=ゲルマンの法則」と呼ばれるものがあります。西島和彦先生が大きく貢献しておられますが、この元のアイデアを提供したのが南部先生その人であるのは、物理屋なら誰でも知っている事実です。

 今日では標準的とされる「クオーク・モデル」はいくつもの不思議な性質を持っています。そこに見られる「対称性の破れ」の実験検証がなされ、南部先生と小林誠・益川俊英両教授(名古屋大学特別教授)のノーベル物理学賞の直接的な理由とされました。