絶滅危機のウナギは庶民の食卓に戻るのか

ニホンウナギの完全養殖に希望の光

2015.06.12(Fri) 佐藤 成美
筆者プロフィール&コラム概要

シラスウナギ不足は戦前から

 ウナギの養殖は、明治時代に始まった。江戸時代までは、川や沼で捕まえた天然ウナギを食べていたが、1879(明治12)年に東京・深川の服部倉次郎が池でウナギの幼魚を育てたのが始まりといわれる。

 その後、服部が浜名湖沿岸で養殖に成功したことをきっかけに、この地域を中心に、静岡県や愛知県でウナギの養殖業がさかんになった。大正時代は、まだ天然ウナギの漁獲量の方が多かったが、昭和に入って間もない1928(昭和3)年には、養殖ウナギの漁獲量が天然ウナギの漁獲量を上回った。

 ウナギの養殖池が増えると、シラスウナギの需要も増加し、シラスウナギが不足し始めた。浜名湖周辺だけではシラスウナギをまかないきれず、養殖業者は関東や四国、九州、さらには中国の青島や上海にもシラスウナギを求めた。上海でとれたシラスウナギを船で長崎まで運び、長崎から浜名湖地方までは鉄道で運んだという。

 戦争中の養殖は停滞したが、戦後徐々に回復し、高度経済成長期には養殖池が拡大した。すると、1960年代には再びシラスウナギ不足になり、価格も高騰した。そのため、徳島県や鹿児島県などシラスウナギの産地では、シラスウナギをそのまま出荷するより、養殖して成魚にするほうが経済的にメリットがあると考え、水田やビニルハウスを利用して養殖を始めた。

 こうして、シラスウナギの不足が引き金となり、新たなウナギの産地が誕生した。かつてウナギの生産量は、静岡県が全国の生産量の4分の3を占め、首位を独占したが、1982(昭和57)年に首位を退き、現在のトップは鹿児島県になっている。

全国ウナギの生産量と主要生産地。国内の養殖生産量は2万トン前後を推移してきたが、2013年は1万4200トンと大幅に減少。生産地の順位は2010年と変わらない。(参考:農林水産省統計より筆者作成)
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サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)、農学博士。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『「おいしさ」の科学』(講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。


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