建て替えしか選択肢がないオークラの懐事情

 ところが本館の建て替えに関して、思わぬ所から「待った」の声がかかった。イタリアのファッションブランド「ボッテガ・ヴェネタ」のクリエイティブディレクターであるトーマス・マイヤー氏が、存続を求める声を上げたのである。マイヤー氏の呼びかけに、海外のセレブが続々と反応。「ワシントンポスト」など海外の主要メディアも取り上げる事態となった。

 オークラ本館の文化財的価値は、ホテルオークラ自身がもっとも理解しているはずだが、建て替えを断念するという選択肢は残っていない。同社の経営状況がこれを許さないのだ。

 ホテルオークラは、オークラのブランド名を持つホテルに加え、2010年に日本航空から買収したJALホテルズの運営も行っている。だが、旗艦ホテルであるホテルオークラ東京への依存度が高く、グループ全体の売上高の3分の1を1つのホテルで稼ぎ出す構図となっている。

 しかしオークラ東京の収益性は先にも述べたように低く、2014年3月期は約200億円の売上高に対して、経常利益はわずか1億円にとどまっている。中核ホテルの収益姓が悪いという状況が、グループ全体の重しとなっていることはほぼ間違いない。

 同社は50%近い自己資本比率があり財務体質は今のところ強固である。低金利で資金調達が容易なうちに、中核ホテルの建て替えを実施するというのは、経営的には正しい判断と考えられる。

日本では著名な建築物が続々と取り壊しに

 現在、日本国内では、比較的最近建てられた建築物の建て替えが相次いでいる。日本を代表する建築家である故丹下建三氏が設計し、文化的価値が非常に高いと言われていた赤坂プリンスホテル新館も、西武グループの経営刷新をきっかけにホテルとしての営業を終了、建物は取り壊され、複合施設として生まれ変わっている。

 旧日本長期信用銀行が破たん直前に巨額の資金を投じて建設した旧長銀ビルも、2012年に不動産ファンドが取得し、建て替え工事が進行中である。赤坂プリンス新館の竣工は1983年、旧長銀ビルは93年とかなり新しい。経済合理性が優先されるとはいえ、本来なら100年単位で利用が可能で、文化的価値も高いビルが次々と解体されてしまう状況には少々違和感を覚える。