(2010年9月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
一体誰が、米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長や、それを言えば、欧州中央銀行(ECB)のジャン・クロード・トリシェ総裁の立場に立ちたいと思うだろうか。
彼らは途方もないジレンマに陥っている。景気の二番底懸念が膨らむ中、追加の景気刺激策を求める圧力が高まっているが、西側の経済が支援中毒になればなるほど、出口戦略を実施するのが難しくなるのである。
市場が不安を感じているように見えるのも無理はない。この難題を解決するのは、極めて難しいように思えるからだ。
1930年代の日本の経験
日銀副総裁を務めていた時に日露戦争の外債募集に手腕を発揮したことでも知られる高橋是清氏(国会図書館のホームページより)
政策論議が激しさを増している今、投資家は1911年から1913年まで日銀総裁を務めた高橋是清について考えてみるのもいいかもしれない。1920年代と1930年代に大蔵大臣と首相も務めた人物である。
日本以外で、この名前を知っている西側の投資家はほとんどいない。日本の失われた10年から何を学べるかについては議論が行われているが、もっと前の時代にはこれまでほとんど関心が払われなかった。
1930年代の日本の経験は、示唆に富んでいる。それは単に、失われた10年に日本の政治指導者が下した決断を説明する助けになるだけではなく、出口戦略に関する訓話も提供してくれる。
日本は前世紀の早い時期に好況に沸いた。開国を果たし、欧米の産業力に追いつくことに乗り出した後の話だ。だが、1929年に起きた米国の株価大暴落がこの好景気に終止符を打った。貿易が低迷し、銀行が相次ぎ倒産、金本位制を取っていたことによって悪化する信用収縮に見舞われて日本は不況に陥った。
だが、高橋が1931年12月に、再び大蔵大臣の職務に復帰した。
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