マイケル・ペイリンの「80日間世界一周」

 北陸新幹線が開業、首都圏と北陸は「近く」なった。

 時間距離は縮み、地球は「狭く」なり続けている。ネット社会の急速な進展で「フラット」になり続けているとも言われる。それならば、どれだけの時間があれば、旅人の夢「世界一周」は達成できるのだろうか。

 誰しもまず考える。「旅客機の巡航速度はマッハ0.8、つまり時速860キロほど。赤道付近の地球の全周は4万キロぐらいだから、そのまま割れば47時間ぐらい、約2日だ。だけど、離着陸時はずっと遅い。「対地速度」は風の影響を大きくう受けるし・・・」と。

 そこで、「旅慣れた人」は言うだろう。「成田からニューヨークやパリへの飛行時間は、どちらも大体13時間ぐらい。パリ・ニューヨーク間は8時間ぐらいだから、待機時間も含め、2日あれば「一周」できるんじゃない?」

 明治維新の頃、同様の議論をロンドンの「革新倶楽部」のメンバーと展開したのがフィリアス・フォッグ。

全財産を賭け世界一周の旅へ

マイケル・ペイリンはその後も、東経30度を北極から南極まで進む「Pole to Pole」など、長期ロケの旅番組に出演し続けている。

 「地底探検」「海底2万リーグ」といった「驚異の旅シリーズ」の一環として発表した空想科学小説の祖ジュール・ヴェルヌの古典「八十日間世界一周」の主人公である。

 テーマ曲が「海外旅行」のイメージにまでなっている1956年製作のオールスターキャスト映画もいまや古典だ。

 1872年、謎の英国紳士フォッグは、革新倶楽部で、インド横断鉄道開通の新聞記事をめぐる議論で、「80日間で世界一周できる」と主張、旅費以外の全財産を賭け、自ら実際に旅することになった。

 そして、雇ったばかりの執事パスパルトゥと、早々にロンドンを出発。途中、フォッグを銀行強盗と思い込む刑事フィックスが加わり繰り広げられる道中の顛末はおなじみのものだ。

 それでは、今、同じような「世界一周」をすれば、どうなるのか、ということで、「Flightfox」というサイトで、ヴェルヌの原作に準じた旅程で、最短時間の旅プランを競う「80時間世界一周」なるコンテストが行われた。