ご飯にも乳房にも!?日本人とふりかけの歴史

“ご飯のお供”のたどる道(前篇)

2015.04.10(Fri) 漆原 次郎
筆者プロフィール&コラム概要

 食品衛生法の「ふりかけ」の定義を抜粋すると、「農産物、水産物、畜産物などを主原料とし、原料形状のまま、または数種を配合して調味料等で調味し、切断、破砕、造粒等の加工を行った食品」となる。原料を、切断、破砕、造粒などで「加工」することが要点といえそうだ。

 白いご飯を、変化を付けて味わうためになにかをふりかける。この発想は長らくご飯を食べてきた日本人には自然なものだったのではないか。その源流をたどると、「楚割(すわやり)」と呼ばれる食材の姿が見えてくる。楚割は、鯛、鮭、鮫などの魚の肉を細かくして塩干しにしたもの。現代でいう魚の珍味のイメージに近いだろうか。平城京跡の二条大路から出土した木簡には、「参河国(みかわのくに)」から「多比(鯛)」「佐米(鮫)」といった楚割が献上されていた記録が残っている。

 人びとはこの楚割という保存食を削って食べていたという。日本最古の料理書とされる鎌倉時代成立の『厨事類記』には、「鮭を塩づけしてほして削りて供す」とある。削った楚割をご飯の上にふりかけたという文献までは見られないが、ご飯の供として食していてもなんら不思議ではない。

 この『厨事類記』には「はなかつほ」の記述もある。「花鰹」のことで、現代では鰹節を薄く細かく削った「削り節」に近い。『厨事類記』では酒に入れて使われていたとされる。また日本料理の流派の1つ、四条流庖丁道の大意をまとめた室町時代の料理書『四条流庖丁書』にも「花鰹」が見られる。和物に花鰹を加えていたという。

 花鰹をご飯の上にふりかけて食べるという習慣は、すくなくとも戦国時代には「ねこまんま」のような形で存在していたようだ。北条家は好んでこの料理を食べていたとも言われる。なお「花鰹」は、いわゆる鰹の削り節だけでなく、鰯(いわし)や鯖(さば)の節を削ったものにもこの呼び名が使われていた。

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1975年生まれ。神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌や経済誌などに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。日本科学技術ジャーナリスト会議理事。著書に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)、『原発と次世代エネルギーの未来がわかる本』(洋泉社)、『模倣品対策の新時代』(発明協会)など。


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