(2015年3月13日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

ギリシャ政府、改革案の提出を延期 支援延長の条件

急進左派連合(SYRIZA)を率い政権の座に就いたアレクシス・チプラス首相〔AFPBB News

 年配のギリシャ人にとって、アレクシス・チプラス新首相と同氏の率いる左派政権のメンバーがドイツに対して放つ辛辣な言葉は聞き覚えのあるものだ。

 雄弁家で米国仕込みの経済学者、故アンドレアス・パパンドレウ氏*1が全ギリシャ社会主義運動(PASOK)を率いて1981年に総選挙で圧勝して政権の座に就いた時、チプラス氏はようやく小学校に上がったばかりだった。

反欧米感情を巧みに利用したパパンドレウ元首相

 パパンドレウ氏は、ギリシャ人が抱いていた強い反欧米感情を巧みに利用し、ギリシャを北大西洋条約機構(NATO)から脱退させると公約した。多くの人は当時、1974年にトルコが行ったキプロスへの軍事介入を防げなかったことでNATOを非難していた。

 パパンドレウ氏は米国政府に狙いを定め、自身の政府はギリシャ各地の4つの米軍基地を閉鎖すると宣言した。これは、1967~74年のギリシャ軍事独裁政権への米国の支援に対する人々の根深い鬱憤を晴らす公約だった。

 中産階級のギリシャ人は、自分たちが住む町の広場でPASOKの党集会が開かれると、パパンドレウ首相が西側同盟国を厳しく非難するのを聞くために大挙して繰り出した。外国の外交官たちは、ギリシャがNATOを離脱し、米ソ両国から距離を置く国々の非同盟運動に加わるのではないかと心配した。

 時計の針を進め、チプラス首相と同氏が率いる急進左派連合(SYRIZA)の話をすれば、当時とは標的が異なるし、問題は政治的というより経済的だが、物語は酷似している。

 今では、緊縮策に打ちのめされたギリシャ人の災いの元としてドイツが米国に取って代わり、NATOではなく、欧州委員会、国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行(ECB)の救済監視団の「トロイカ」がギリシャの苦悩の責めを負わされている。

 チプラス氏がパパンドレウ氏の戦略を採用している1つの理由は、「古い」PASOKの古参議員たちが、厳しい経済改革の実施で担った役割のせいで同党が人気を失った後、SYRIZAに群がったことだ。「古い」PASOK出身の著名な議員数人は今、新政権で要職に就いている。

*1=ギリシャ危機が勃発した時に首相を務めていたヨルゴス・パパンドレウ氏の父親