JBpressが注目する日本の政治家30人

細野 豪志 (ほその ごうし)

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細野 豪志
ほその ごうし

細野 豪志
現職民主党衆院議員、企業団体対策委員長
選挙区衆・静岡5区
当選回数4
生年月日1971/8/21 45歳
出身地滋賀県
出身高校滋賀県立彦根東
出身大学京大法
略歴三和総合研究所研究員を経て、2000年衆院選にて初当選(民主党)。05年役員室長・筆頭成長副会長・国対副委員長に就任。09年より副幹事長・組織委員長・企業団体対策委員長を務めた。10年幹事長代理(9月退任)。
著書パラシューター 国会をめざした落下傘候補、疾風怒濤の全記録』(五月書房 2003)
趣味
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【消費税・財政再建】>>他の政治家の見解を見る>>このページのトップへ

 我々は、事業仕分けや公共事業の18%削減を通じて、ムダ遣い全廃に実績をあげてきました。ただ、地域主権や公務員制度改革による大改革は道半ば。9兆円の税収減少も痛かった。

 600兆円を超える国債残高のほとんどは、自民党政権の下で蓄積されたものです。負債は、我々に重く重く圧し掛かっています。責任転嫁は簡単ですが、今、政権を持っているのは我々です。民主党が単年度50兆円を超える国債を発行することはできません。

公式ブログ2010年5月17日 「財政健全化をどう考えるか」より抜粋

【成長戦略】>>他の政治家の見解を見る>>このページのトップへ

 2010年の最大の課題は景気対策です。中小企業や雇用を守ることで景気が二番底に陥るのを防ぐと同時に、環境、農業、医療介護などを国内の成長分野に育てていかなければなりません。アジアに視野を広げれば、温暖化対策、社会基盤整備、中間層向けの製品開発など成長分野が見えてきます。鳩山総理が提唱した東アジア共同体構想は、近隣諸国との新たな関係を模索する壮大なビジョンですが、「アジアの内需」を考えると経済的にも大きな可能性を秘めています。

公式ブログ 2010年1月1日 「結果が求められる2010年」より抜粋

【国会議員定数削減】>>他の政治家の見解を見る>>このページのトップへ

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【公務員改革】>>他の政治家の見解を見る>>このページのトップへ

 我々は、天下りそのものは即時禁止という立場ですが、百歩譲って、肩たたきがあるときは再就職について支援しなければならないという考え方があることは、これは一応、理解はします、我々は認めませんが。

公式ウェブサイト 2009年2月3日 衆院予算委員会 天下り問題に関する質問をしている中での発言

【政治哲学】>>他の政治家の見解を見る>>このページのトップへ

 私がはじめて「政治」を意識したのは、21歳の時である。盲目の弁護士の自叙伝を読んで感動した私は、修行僧のような浪人生活を経て法学部に入学したものの、1年も経たずに、法律の授業に関心が持てなくなってしまった。

 それなりの苦労をして大学に入ったのに、これではどうしようもない。大学の外に目を向け、在日外国人の電話相談をしている団体の門を叩いた。バブルがはじけた直後、巷は多くの外国人、特にバブル時に入国ビザを発給した日系人が職にあぶれていた。日本語が話せないがゆえに、不当に解雇されても、労働災害にあっても泣き寝入りするしかない。不法滞在で就労している人の場合はもっと悲惨であった。

 日本人のこと、彼らの母国との関係、行政の冷たさ、入国管理政策・・・、私の前には初めて知る厳しい現実が存在していた。当初は、自分も役に立っているという喜びがあったが、それはすぐに、問題を克服できない無力感に変わっていった。

 「政治家になれれば」という漠然とした思いが明確なイメージに発展したのには当時の時代背景がある。政治家を意識しだした93年、日本新党ブームで多くの若い政治家が誕生した。横浜市長になった中田宏氏、民主党に所属している枝野幸男氏、京都では前原誠司氏・・・、国政に乗り込む彼らの姿は輝いて見えた。「俺にもやれるのではないか」この選挙を目の当たりにしなければ、私が本気で政治家を目指すことはなかっただろう。

 そして、大学四年の冬、95年に起こった阪神淡路大震災の復興支援に携わる中で、日本の政治の貧困を痛感し、何としても政治家になろうという決意は固まった。

公式ウェブサイト 「政策・理念/なぜ政治家になったのか」より抜粋
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