昨(2014)年8月のイスラム国に対する空爆開始以降、各地域でイスラム国の勢いは停滞するようになったが、域内各国の動きは様々である。アラブの春で長年の独裁体制が崩壊または動揺し、他方で中東の秩序維持に対する米露欧の指導力も軍事的強制力も、かつてほどの力はない。

 このため、各国は、イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派間対立、アラブとイラン、トルコの民族間対立、米露の支援、クルドとの関係、石油支配をめぐる戦いなど、様々の要因を踏まえ、虚々実々の駆け引きを行っている。

1 安定化への兆しが見えるイラク

イラク議会が新政権を承認、内相、国防相など一部ポストは未定

イラク議会に承認されたアバディ新政権の閣僚(2014年9月8日)〔AFPBB News

 イラクのハイデル・アル・アバディ新首相は、シーア、スンニ、クルド3派の和解を約束し、国内外の支持を得て首相に選ばれた。議会でも支持を確保しており、目下のところ期待に応じている。

 就任後数カ月で、バクダッドとクルドの間の石油の利益配分問題は改善した。2014年12月の協定で、クルド支配下の油田からの歳入の半分をクルドに配分することで合意した。

 また、ペシャメルガへの資金提供と米国による武器の供与も認めた。アバディ首相は、クルドの独立要求をなだめるとともに、米国と協力する意向も示した。

 スンニ派の一部は、ヌーリー・マリキ前首相の時代、イスラム国とともにイラク政府軍と戦っていた。そのスンニ派との和解が、現在のアバディ政権の焦点になっている。スンニ派はまだアバディを完全には信頼していない。

 アンバル県の一部のスンニ派部族が、イスラム国に対して政府軍とともに戦っている。しかし、スンニ派への差別政策の撤廃、同派の逮捕者の釈放、スンニ派の県の権限拡大などの要求に対し、アバディ首相が慎重になれば、スンニ派も融和姿勢に転ずるのを躊躇するであろう。

 アバディの政権では、国防相と内務相も含め、7人のスンニ派を閣僚に任命している。議会も、激論の末、閣僚人事を承認した。アバディ首相は、5万人もいるとされる何もせずに給料をもらってきた「闇の軍人」など、マリキ政権の腐敗問題の一掃運動も始めた。

 アバディ首相は、部族や宗派の比率を均衡させるため、シーア派の将校36人を交替させた。また、米軍その他の軍のアドバイザーとともに、審査済みのイラク政府軍に対する再訓練と武装を進めている。米国も15億ドルに上る軍事援助を約束し、2003年以来止まっていたF-16戦闘機の売却についても話し合いが再開された。

 シーア派の民兵は、イスラム国から数カ所の村や町をここ数週間で奪還したとしている。しかしアバディ首相は、シーア派が支配的な治安部隊を、スンニ派の多い地域では、地域で募集した「州兵」に入れ替えるよう、米側と協議している。