(2015年2月26日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

日経新聞主催の国際交流会議、シンガポールのリー元首相も出席 - 東京

シンガポール首相を30年間務めたリー・クアンユー氏(写真は2006年)〔AFPBB News

 フィデル・カストロのキューバは例外かもしれないが、シンガポールほど1人の男のレガシーを密に反映した国はほとんどない。

 91歳で重度の肺炎で入院しているリー・クアンユー氏は、いまや英国や米国、ノルウェーより高い物質的生活水準を持つ国を築き上げたと主張できる。

 パンチが効いた自伝『From Third World to First(邦訳:リー・クアンユー回顧録[下])』には、見込みのない歴史と地理から繁栄する都市国家を魔法のように呼び出した功績への強烈な自覚が表れている。

 だが、建国の父がいなくなった時、シンガポールはどうなるのだろうか?

存命中に功罪を評価することはできないが・・・

 ある意味では、そう問うのは、幾分不作法であることは言うまでもなく、早計だ。リー氏自身がかつてニューヨーク・タイムズ紙に語ったように、人が死ぬまで、その人を判断すべきではない。「棺を閉じ、それから判断しろ」というのが、彼の表現だった。

 実際、リー氏が生きているうちは、本当の評価は不可能だ。それはシンガポール人が抱く敬意や恩義のためでもあり、中傷されたと感じた時にリー氏が決まって訴訟に出ることから生じた根強い不安のせいでもある。

 リー氏の初期の協力者の1人は、同氏のレガシーが話題に上った時に、いわくありげにこうささやいた。「人が働いた悪事は、当人が死んだ後も生き続ける。良いことは概して、その人の骨と一緒に葬られる」

 別の意味では、シンガポールがポスト・リー時代に直面するジレンマはすでに訪れている。リー氏は2011年、自身が共同創設した人民行動党が50年間で最悪の選挙結果に見舞われた後に内閣から退いた(長年政権を担っている同党は、得票率がわずか60%だったにもかかわらず、87議席中81議席を勝ち取った)。

 リー氏の半引退――今でも同氏は国会議員だ――は、首相として30年、上級相、内閣顧問としてさらに20年に及んだキャリアに終止符を打った。内閣顧問は、2004年に首相になった息子のリー・シェンロン氏が創設した役職だ。