(2015年2月18日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 ビクトル・オルバン氏がその名を世間に知らしめたのは、1989年、ハンガリーの旧ソビエト駐留軍の即時撤退を求める姿が生中継のテレビに映し出された時だった。それができればハンガリーは「袋小路」から抜け出すことができ、西側の一員としての未来が手に入ると期待しての行動だった。

 ところが同氏はハンガリー首相の座に上り詰めて以来、自由民主主義をさげすむ発言を行っており、17日にはロシアのウラジーミル・プーチン大統領との2国間首脳会談を禁じた欧州連合(EU)の取り決めを無視し、プーチン氏のハンガリー公式訪問を歓迎した。

 皮肉なことに、プーチン氏の今回の日程には旧ソ連兵の墓地への訪問が含まれていた。ここには、ハンガリーの改革派が旧ソ連の支配に反旗を翻した1956年のハンガリー事件を鎮圧するために送り込まれて命を落とした旧ソ連兵も眠っている。しかし、プーチン氏はこの旧ソ連兵の慰霊碑を避け、その近くに立つ第2次世界大戦の慰霊碑に献花した。

 プーチン氏にとって、今回のハンガリー訪問は、停戦合意がなされても暴力が振るわれている東ウクライナにロシアの軍隊が進出しているにもかかわらず、同氏を首都に迎え入れる国が欧州にまだあることを示すものだった。

エネルギー供給をロシアに依存する東欧諸国

 プーチン氏に批判的な西側の人々の目には、今回の訪問は、エネルギー供給をロシアに依存している東欧諸国への影響力を同氏がまだ維持していることを強調する出来事に映る。同氏には数人の閣僚のほか、ロシアの天然ガス会社ガスプロムの社長や国営原子力企業ロスアトムの幹部も同行していた。

 ハンガリー政府当局者らの話によれば、17日に行われた大物ぞろいの訪問のタイミングと内容は、ハンガリー政府ではなくロシア政府が決めたものだった。また、プーチン氏が旧ソ連兵の墓地を訪れる様子を取材することを許されたメディアはほとんどなかった。プーチン氏はこの訪問を終えてからオルバン氏との首脳会談に臨み、ウクライナでの戦争にも触れた。

 当局者によれば、両首脳は数件の政治合意に署名し、現在のガス購入契約をハンガリーが延長できることについても合意に達したという。

 ドイツのアンゲラ・メルケル首相の訪問を受けたわずか2週間後にロシアの大統領との首脳会談に臨んだことで、ロシア政府とのより緊密な結びつきを求めてきたオルバン首相がEUの指導者として曖昧な立ち位置を取っていることが浮き彫りになっている。