1月7日、フランスの風刺雑誌「シャルリー・エブド」の編集部がイスラム過激派に襲撃され、警官を含む12人の犠牲者が出たテロ事件はいまだ記憶に新しいところでしょう。

テロ擁護発言はなぜ犯罪? 仏の「表現の自由」に集まる注目

襲撃事件の犠牲者を追悼する集会で掲げられた「私はシャルリー」と書かれたプラカード〔AFPBB News

 「シャルリー」誌のネーミングの元は英語のチャーリー(・ブラウン)、よく知られたコミックのキャラクター犬「スヌーピー」の飼い主から取られたもので「週刊チャーリー」ほどのニュアンス、無責任雑誌を標榜して軽い筆致のマンガで世相を風刺してきました。

 日本語で言うなら「戯作」の気風とでも言えるでしょうか。しかし現在の形で20年以上、元をただせば半世紀以上の年月を重ねており、イスラム原理主義に対しても鋭く切り込み、ここ数年は世論を二分することが少なくなかったと伝えられます。

 例えば2006年に掲載された、ムハンマドと思しい人物が「バカに愛されるのはつらいよ」とこぼすマンガは、当時のジャック・シラク大統領からも「行き過ぎ」との指摘を受けイスラム教徒から激しい反発を買う端緒となりました。

 海外のサイトで代表的な戯画をまとめたページをリンクしておきましょう。必ずしも品の良い批判精神というばかりのものではないのが見て取れるかと思います。

 2014年12月末「シャルリー」誌はテロリストを挑発するような見出しを掲載します。果たして年明けの翌週、同時多発的な襲撃を受けてしまうことになります。3人の襲撃犯は特殊部隊に射殺され、事態は一通り収束します。

 その1週間後「シャルリー」誌は、ムハンマドと思しい人物が涙を流しながら「私がシャルリー」と記された紙を広げて見せる表紙、襲撃犯と思われる3人のテロリストもマンガに登場させる、徹底した編集方針を貫いて、最新号を発行しました。

 「涙のムハンマド」を描いた漫画家LuzことRenald Luzier氏は寝過ごしたことで難を逃れ、本来なら同じ打ち合わせに同席していたはずの場で多くの仲間、友人を失ったあと、この表紙を描き、新編集部とともに文字通り「涙の」記者会見を開いています。