(英エコノミスト誌 2015年1月24日号)

イスラム主義勢力を抑え込もうとする国王の試みは裏目に出るか?

 ヨルダンのアブドラ国王にとっては常にそうだが、政治はちょっとしたギャンブルだ。国王は過激派イスラム主義との戦いの一環として、地域の体制に従順なタイプのイスラム教を育みたいと考えている。

 アブドラ国王は、軍人からエジプト大統領に転じたアブデル・ファタハ・アル・シシ氏と組んで、来月カイロのアル・アズハル――イスラム教スンニ派の最古の学問の中心地の1つ――にイスラム教指導者を集め、イスラム教の近代化に関するサミットを開催する準備を進めている。

国民の9割がスンニ派イスラム教徒、「なぜイスラム国と戦うの?」

途上国グループ「G11」が協調で合意 - ヨルダン

ヨルダンのアブドラ国王(写真)はイスラム教の開祖・預言者ムハンマドの血筋を引くハーシム家の一員〔AFPBB News

 厳格化された反テロ法によってその声は抑え込まれるかもしれないが、臣民の多くは疑いを抱いている。

 人口のおよそ9割がスンニ派イスラム教徒の国にあって、多くの人はなぜ自分たちの君主が「イスラム国(IS)」のジハード主義者に対する米国主導の有志連合に加わったのか不思議に思っている。

 「国王がなぜ、ISに参加するシリアのスンニ派と戦う連合に参加し、それよりはるかに多くの人を殺してきたバシャル・アル・アサドを支える手助けをしているのか、私たちには分からない」。あるヨルダン人の作家はこう話す。

 昨年12月にヨルダンの戦闘機がシリア領内に墜落し、ヨルダン人パイロットがISに拘束された後、退役軍人のグループは、ヨルダンは関与すべきでないと訴える声明を出した。

 フランスの週刊紙シャルリエブドに対する襲撃の後、アブドラ国王が世界の首脳と並んでパリの行進に参加したことは、さらに不満を招くことになった。国王が帰国して間もなく、シャルリエブドと、予言者ムハンマドを描いた同紙の漫画に抗議するデモは数千人の参加者を集めた。

故フセイン国王は政治的イスラム主義勢力と手を組んできたが・・・

 年配層は、アブドラ国王の父で、政治的イスラム主義者と手を組む長い伝統を守ったフセイン国王の比較的穏当なアプローチを思い起こす。実際、預言者ムハンマドの系譜を引くとするハーシム家の主張は、一族に強力な宗教的信認と永続的な魅力を与えている。

 フセイン国王は1950年代に、アラブ民族主義運動の革命の叫びから王国を守るために、地域の主要イスラム主義運動「ムスリム同胞団」に頼った。フセイン国王はイスラム主義者を政府に迎え入れ、彼らが1989年の選挙で勝利を収めると、5つの省庁を任せた。