(2014年12月16日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 中国南部の各地に点在する工場では、何百万人という中国の若者が、日本、韓国、欧州、米国の消費者のために来る日も来る日も衣料品を生産している。こうした労働者の多くにとって――絶対に手放せないスマートフォンに次いで――最も重要な装備は、JUKI製のミシンだ。

 東京に本社を構え、1947年にミシンの製造を開始したJUKIは、中国からバチカンまで世界約170カ国に顧客を抱えている。例えばソニーなど、日本の台頭と同義語だった大手メーカーの一部は輝きを失ったが、JUKIは日本経済を支える目立たない企業の好例だ。

 JUKIは30%の市場シェアを持つ業界トップ企業で、多国籍小売企業向けに生産を手掛ける衣料メーカーの間で特に人気が高い。「これは個人的嗜好で、クルマを選ぶようなものだ」。自社で使用するミシンの9割以上がJUKI製だという中国の衣料品製造企業KTCのゲアハルト・フラッツ社長はこう話す。「けれど、JUKIのミシンは荷馬のような信頼性がある」

顧客との親密な関係構築が成功のカギ

 ブルックスブラザーズやバーバリーを得意先に持つ香港の衣料品メーカーのTALは、使用しているミシンの少なくとも8割がJUKI製だと言う。TALの会長で、香港の衣料品業界の大物であるハリー・リー氏は、JUKIの成功の秘訣は、顧客との間に築いてきた密接な関係にあると話している。

 JUKIの縫製機器事業の責任者で、仕事時間の半分を顧客訪問に費やしている宮下尚武氏も、顧客との関係の重要性――同社が栃木県の工場の敷地内で作っている梅酒を飲みながら関係を育むこともあるという――とJUKIの対応の速さを強調する。

 「TALで問題が起きたら、ハリー・リーが知らせてきますよ」。宮下氏は冗談めかしてこう言う。「長年にわたる関係の中で、何度も呼び出されました」

 東京株式市場に上場しているJUKIの出発点は第2次世界大戦だ。1938年、日本軍が当時最もよく使われていた小銃を使い果たしてしまった時、日本語で「銃器」と呼ばれる九九式短小銃を生産するために、小規模業者が集結して組合を組成した。戦後に銃器の需要が消滅すると、JUKIは家庭用および工業用ミシンの生産に切り替えた。JUKIは社名を維持したかったが、漢字は「銃器」ではなく「重機」とした。

 JUKIは回路基板に電子部品を搭載するロボットも製造しているが、売上高の73%を稼ぐ縫製機器事業は、世界の繊維産業のトレンドを見る機会を与えてくれる。