ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』を、シュトゥットガルトで聴いた。私の大好きなオペラの1つだ。

逃亡中のワーグナーが生み出したオペラ『トリスタンとイゾルデ』

絵画に描かれたトリスタンとイゾルデ(エドモンド・レイトン画、ウィキペディアより)

 あらすじを簡単に言うと、最初のシーンは船の中。勇者トリスタンが、かつての敵国アイルランドへ、イゾルデという姫を迎えにいき、自分の国イングランドへ連れて帰ってくるところ。イゾルデは王様の妻になるために連れていかれる。いわば戦利品である。

 身をはかなんだイゾルデは、上陸直前にトリスタンと自分に毒を盛って共に死んでしまおうとするが、毒薬は女官ブランゲーネの手によって媚薬とすり替えられる。そこで、トリスタンとイゾルデはたちまち激しい恋に陥ち、船が港に着いたときには、すでに忘我の境地。この瞬間より2人の苦しみが始まる。

 第2幕は、夜の逢引き。素晴らしく官能的なシーンで、まさに佳境。しかし、トリスタンは信頼していた友人に裏切られ、狩りに行っていたはずの王様が現れ、2人の情事はばれてしまう。そしてトリスタンは重傷を負い、情事は終わる。

 第3幕はトリスタンが故郷で、死の床に就いているところ。忠実な家来がイゾルデの来訪に最後の望みを懸け、その到着を今日か、明日かと待っている。しかし、ようやく船が到着すると、トリスタンはイゾルデに抱かれた瞬間に力尽きてしまう。

 すべての事情を知った心の広い王様が、2人を一緒にしてやろうと追いかけてくるが、時すでに遅し。そして、この世とあの世の境、あるいは、正気と狂気のあいだにいるイゾルデは、ここで凄いアリアを歌い、トリスタンの上に重なって死んでしまうというのが本来の筋だ。

 ワーグナーがこのオペラを書いたのは、ドイツで指名手配になって、スイスに逃げていたときだった。なぜ指名手配になったかというと、1849年の、ドイツで巻き起こった反政府主義運動に加担したからだ。

 スイスに逃げたワーグナーは、素封家ヴィーゼンドンクにチューリッヒで匿われ、彼の大邸宅の横に住居を与えてもらって、トリスタンとイゾルデの作曲に励む。その傍ら、ヴィーゼンドンク夫人のマティルデに恋までするというおまけ付きだ。

 おそらくワーグナーは、自分で作っている恋愛悲劇の中に、すっぽりと入りこんでしまったのだろう。そして、巨大に膨れ上がった感情は行き場を失い、半分勘違いのまま、怒涛のごとくマティルデに向かった。

 そのころ、ワーグナーと妻との関係はすでに壊れていた。彼の人生に、運命の人コジマが現れるのは、もう少し後の話だ。