(英エコノミスト誌 2014年10月11日号)

香港の学生たちは、長く気高い中国の伝統に名を連ねている。

香港の政府庁舎近くに1万5000人、抗議行動 長期化の様相

香港の金鐘地区に集まったデモ参加者ら〔AFPBB News

 民主化を求める香港の抗議行動を主導する若者は、自分が誰なのか、概ねはっきり分かっている。第1に香港人であり、2番目に中国人だ。

 1997年に香港が中国の主権下に復帰してから大人になった若者たちにとって、これは奇妙なことに思える。中国とのつながりがこれまで以上に緊密になることが、実は自己の特異性に対する香港市民の意識を研ぎ澄ましているのだ。

 だが、香港の歴史家フランク・ウェルチ氏の言葉を借りれば、香港は1世紀半にわたって英国に統治された領土とはいえ、常に「中国の植民地」だった。そして、学生たちが反中デモで担った役割と、学生に対する一般市民と政府の態度ほど、香港の中国らしさを力強く示すものはほとんどない。

学生たちが主導するデモの歴史

 香港庁舎の外で10車線の高速道路の至るところで小さな塊になって大の字に寝そべる学生たちは、ユニークなサブカルチャーの一部のように見える。彼らは、その行儀良さや清潔さ、公共秩序の尊重(「芝生立入禁止」の看板まである)、自制、スマートフォンとの絶え間ない接続などで名を上げた。

 スピーチに耳を傾けたり、非公式の講演に参加したりする者もいる。また、ギターを弾いたり、キスを交わしたりする者もいれば、市民的不服従の一方で夜遅くまで勉強する従順さを見せる者もいる。

 だが、なぜそこにいるのかと聞かれたら、多くの人は「義務」と「責任」という言葉の両方、あるいは片方を含んだ答えを持っている。これは、学生であることがどういうことかを示す非常に中国的な解釈だ。