いまベルリンで、さっき飛び込んできたニュースを見て、今週のテーマを変えることにしました。「ノーベル賞」です。

 2008年南部陽一郎先生(米シカゴ大学名誉教授)がノーベル賞を受賞された時、当時日経ビジネスオンラインに書いていた「常識の源流探訪」でノーベル賞の個別業績について集中的に連載し、授賞式前に新書を1冊出す、なんてことをしたところ、ここ数年毎年ノーベル賞の季節というとメディアから私の携帯に連絡が来るようになってしまいました。

 正直私としてはあまり嬉しい依頼ではなく、今年は在欧なこともあり、これが来ずにせいせいした、くらいに思っていたのですが、10月6日、先陣を切って発表された「医学生理学賞」を見て気が変わりました。

 この業績の持つ意味に端を発して、いくつかお話ししたいと思います。まだ発表があって1時間経っていませんが、こういう仕事が評価されるという素晴らしい例と思うのに加え、受賞したノルウェー科学技術大学のモーザー夫妻と同世代である私自身も、長年同様の問題に興味を持ってきたことから、ご紹介してみたいと思います。

2014年度のノーベル医学生理学賞

 まず、先ほど発表されたばかりのノーベル委員会のプレスリリースをご紹介しましょう。

 カロリンスカ研究所のノーベル委員会は2014年度のノーベル医学生理学賞の半分を英ロンドン大学のジョン・オキ―フ教授に、また残り半分をマイ=ブリット・モーザーとエドゥヴァルト・モーザーに「彼らの、脳内におけるポジショニング・システムを構成する細胞の発見に対して(for their discoveries of cells that constitute a positioning system in the brain)」与えると発表しました。

 多分多くの人は「ポジショニング・システム」とは何か、ピンとこないと思います。また、すぐに想像がつくのは、科学評論家を称する人などから「脳内GPSを見つけた」とかいった、分かったような分からないような(悪いですが率直に言って)浅い話が流布して沙汰止みになるのが目に見えるような気もしましたので、もう少し違うことを記しておきたいと思ったものです。

 私たちはこのポジショニングの問題を「定位」という日本語で表現します。今年のノーベル賞は生命の自己定位の脳認知機構の解明に対して与えられている。その意味を一緒に考えてみたいのです。

脳内GPSの側面

 誤解のないように、いま挙げた「脳内GPS」という表現は、実はノーベル委員会のプレスリリースそのものに載っている表現で、決して間違っているわけではないのです。それを分かったような口調で分かりやすく説明したことにして、その実なんの意味もない、というようなことを避けたいというだけであって、原文をそのまま引けば、

 「私たちはいったいどうやって『自分がどこにいるか』を知るのでしょうか? ある場所から別の場所に行く道を私たちはどうやって見つけるのか? また、どうやって私たちはこうした情報、同じ経路を次回辿るとき直ちに道を見つけ出せる形に蓄えているのでしょう? 今年のノーベル賞受賞者たちは『ポジショニング・システム』、つまりそれによって私たちは空間の中で行方を知ることができる『脳内GPS』を発見し、またより高次の認知機能の細胞レベルの基礎を示しました」

(How do we know where we are? How can we find the way from one place to another ?And how can we store thisi nformation in such a way that we can immediately find the way the next time we trace the same path? This year's Nobel Laureates have discovered a positioning system, an“innerGPS”in the brain that makes it possible to orient ourselves in space, demonstrating a cellular basis for higher cognitive function.)