日本経済の変調がはっきりしてきた。1ドル=110円近い水準になったが、安倍晋三首相の狙っていた「円安で輸出主導の景気回復」というシナリオは実現しない。2014年4~6月期のGDP(国内総生産)は前年同月比-7.1%となり、7~9月期はややプラスに戻すが、通年ではゼロ成長に近いと予想されている。

 大企業中心の日経平均株価は堅調だが、9月の倒産件数は増加に転じた。中小企業には「円安倒産」が広がっている。円安なのに輸出が増えず、輸入増とコスト高のダメージが広がっている。何が起こったのだろうか?

「偽薬効果」は円安のコスト増で消えた

 これを「消費税の増税が原因だ」と主張する向きもあるので、そうではないことを確認しておこう。次の図は製造業の活動を示す指標だが、今年の初めをピークにして生産が下がり、在庫が増えている。特に鉱工業生産指数は今年初めから1割近く下がり、逆に在庫は今年初めから増え、民主党政権の水準を超えている。

工業生産指数と在庫指数(出所:経済産業省)
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 今年初めがピークになった一部の要因は、消費税の増税を見越した「駆け込み生産増」とも考えられるが、それなら4月以降は元に戻るはずだ。ところが図のように4月以降、生産減は加速し、これも安倍政権以前の水準に戻っている。

 これは、2013年にはアベノミクスによる好景気を期待したバブル的な生産増が起こったが、年明けから「期待バブル」が崩壊したと考えるのが、素直な解釈だろう。株価も昨年末をピークとして年明けから下がり、大幅な円安になっても戻らない。

 アベノミクスのほぼ唯一の目新しい政策は、「異次元緩和」と呼ばれる非伝統的な金融政策だった。これは理論的には意味がないが、「期待」に働きかけることによって投資や消費を促進する可能性がある。

 これは偽薬効果と呼ばれる。例えば多くの被験者にビールとノンアルコールビールを(識別できないように)飲ませて脳の働きを調べると、ノンアルコールビールを飲んだ人も、ビールを飲んだ人と同じような変化が見られる。「ビールを飲んでいる」と錯覚することで酩酊に似た状態になるためだ。