(2014年10月6日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

香港の民主派デモ、警察が催涙弾を発射

香港で行われた民主化要求デモで、9月28日、警察の発射した催涙ガスから逃げる参加者ら〔AFPBB News

 香港を揺るがした騒々しい1週間は、民主派のデモ隊への催涙ガス発射に始まり、一見して組織的な街頭での暴力行為で終わった。

 その間、見事に組織化され、終始礼儀正しい数万人の学生が「本物」の普通選挙を求めて世界有数の金融センターのいたるところにテントを張り、お祭り騒ぎのような祝賀の場面が見られた。

 だが、追い詰められた梁振英・香港行政長官と、国営メディアが抗議運動を「無駄」と一蹴した北京の中国政府の発言がともにエスカレートする中、誰もが知りたかったのは、これがどのように終わるのか、ということだった。

 学生たちが辞任を求めている梁長官は、6日までに秩序を回復するために「あらゆる必要な措置」を講じると述べ、事態がいっそう緊迫した。

支持者からも「部分的な勝利を宣言し、撤収を」の声

 大学の学者を含む学生たちの支持者の中には、けがをする前に街頭から撤収するよう懇願する者もいた。5日夜、多くの抗議者は、警察が攻撃してくれば退去すると語っていた。

 「これがひどい結果になる可能性は何通りもある」。香港科技大学の中国専門家、崔大偉氏はこう語り、学生たちは潜在的に暴力的な弾圧に直面するより、むしろ部分的な勝利を宣言し、家に帰るべきだと警告した。同氏によると、さもなくば、長引く持久戦かスピード検挙とさらなる催涙ガスのどちらかによって学生たちが敗北することになるという。

 抗議デモは10日前、政府庁舎の占拠で始まった。以来、参加者の数が増減し、デモ隊と政府のいたちごっこの力学が変化する中で、デモはいくつかのはっきり異なる――そして多くの場合、入り組んだ――段階を経てきた。

 抗議行動は、17歳の大学生、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏が率いた9月26日の最初の政府庁舎占拠によって引き金が引かれた。その後、民主派団体の「和平占中(オキュパイ・セントラル)」が、中心部のビジネス街を占拠する計画を前倒しした。