(2014年9月29日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 債券市場の力は長年、政治家の野望を妨げてきた。この恨みは1990年代前半に、ビル・クリントン大統領のアドバイザーだったジェームズ・カービル氏が見事にとらえたことで知られている。

 債券市場が特に政府に対して持つ力に触れ、生まれ変わったら「あらゆる人を脅せるよう」債券市場になりたいと述べたカービル氏の発言は、長年にわたって共感を得てきた。

 ビル・グロス氏ほど債券市場の力を見事に行使した人はいないだろう。同氏は先週突然、1971年に設立に携わった資産運用会社ピムコと袂を分かった。2兆ドルの運用資産を持つピムコ社内の内紛に関する生々しい話題の後に続いたグロス氏の突然の退社を、市場はまだ消化しているところだ。

 だが、このドラマはもっと大きなトレンドも浮き彫りにした。政府と債券市場の力関係が変わったということだ。

 最近、債券市場の大物たちを威嚇している――少なくとも彼らに不意打ちを食らわせている――のは政府の方だ。今日の債券価格を形成しているのは、非伝統的な金融政策のような政府の行動だ。そしてこれが、グロス氏のような債券の巨匠が古い魔法を再現するのを難しくしている。

トレンドを見極める手腕で大成功したグロス氏だが・・・

 グロス氏はそのキャリアの大半を通じ、トレンドを見極める卓越した手腕を発揮した。この能力が姿を現したのは1960年代のことで、グロス氏はその頃、ラスベガスのカジノのブラックジャックのテーブルで200ドルを1万ドルに変えた。

 1970年代には、債券に投資する小規模なファンドを立ち上げて人生最大の賭けに出た。債券ファンドの創設は当時、極めて時代遅れの動きだった。だが、グロス氏は、中央銀行がインフレ退治に動き、金利が下落に向かっていることに気づいていた。数十年間にわたる債券の強気相場の条件が整っていたのだ。

 彼はまた、このトレンドがすべての債券に一様に同じ影響を与えることはないと考えた。債券市場の構造の変化によって、投資家は従来より高い精度で個別の証券を売買できるようになった。グロス氏は社債や国債の勝ち組を選別し始め、ほぼ40年にわたり、こうした選別で大成功を収めてきた。