(2014年9月5日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 歴史は将来、ロシアに対する制裁がグローバル化からの長い撤退の始まりを告げたと記録するだろう――。世間では今、そんなムードが広がっている。筆者は先日、ジャーマン・マーシャル・ファンド主催の「ストックホルム・チャイナ・フォーラム」で、あるドイツ政府高官がこの考えを持ち出すのを聞いた。

 それは興味深い指摘だったが、もっと大きな論点を見落としていた。制裁は原因というよりは症状であり、グローバル化からの後退はロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナとの戦争に乗り出すよりずっと前に始まっていた、ということだ。

米国の躊躇と欧州の分裂を利用するプーチン大統領

 ロシアと通常通りに付き合うのをやめるべきだとする論拠は、国際安全保障には国家が隣国を侵略しないことが求められると考える人にとっては、自明の理だ。西側に対する正当な批判は、西側諸国の対応があまりに遅かったということだ。プーチン大統領はありとあらゆる段階で、米国の躊躇と欧州の分裂を容赦なく利用した。

 北大西洋条約機構(NATO)が欧州の安全保障の中核に抑止力を復活させるまで、同じ状況が続くだろう。プーチン大統領の領土回復主義に対しては、ハードパワーに裏付けられた厳しい外交で対応しなければならない。侵略行為は受け入れがたい報復を招くということを理解した時に初めてプーチン大統領はその振る舞いをやめる。

 抑止力に信頼性を持たせるためには、NATOは加盟国の東端地域に地上軍を送り込まなければならない。バルト諸国はベルリンに取って代わって、西側の決意を試す試金石となった。

 一部には――完全に新興国世界だけではないが、特に新興国では――、別のプリズムを通して制裁を見る人もある。

 彼らいわく、米国と欧州は、ロシアを経済的に罰することで開かれた国際制度を弱体化させている。経済問題は、政治的な争いの変遷と切り離さなければならない。米国と欧州が狭い利益を追求して公平な国際舞台を台無しにするのであれば、新興国がそんな世界に加わる理由がない、というわけだ。

2008年の金融危機から続くグローバル化の後退

 こうした批判は、統合されたグローバル経済には協力的な政治構造が必要だと主張する点では正しい。だが、ロシアに対する制裁は、2008年の金融危機から続くグローバル化の後退という、より大きな構図にはまる。

 それは米国の態度の著しい転換を物語っている。世界的な関与から徐々に手を引く米国の後退は、米国は「ばかなこと」をするのをやめるというバラク・オバマ大統領の宣言の域を越えている。