(2014年7月14日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 「安全神話」が再び日本の原発論争に紛れ込もうとしているのだろうか?

 福島第一原子力発電所で2011年にメルトダウン(炉心溶融)が起きた後、日本の評論家たちは一斉に原発の安全神話は崩壊したと断言した。この言葉は多くの人にとって、一般的に原発を非難する手段以上の意味を持っていた。大災害を招いた具体的な故障原因を説明し、責任を割り当てようとする試みだったのだ。

リスクを隠して国民に原発を売り込んだ「安全神話」

 安全神話という考えは、馬鹿らしいほど単純な謳い文句で原発が日本国民に売り込まれたことと、その結果生まれた原発規制のあり方を象徴するようになった。1960年代に日本の指導者らは、広島や長崎の惨禍をまだ鮮明に覚えていた国民に原子力技術を売り込んだ際、原発のリスクを取り繕った。民生用原子力はただ安全なだけでなく、絶対に安全だと彼らは言った。

 もちろん、こうした指導者たちは、もっと分かっていた。だが、絶対的な保証は、エネルギー資源に乏しい国で強力な政治的、経済的インセンティブとなる原発利用に沿うよう国民心理を変える唯一の方法だったのだ。

 この戦略は奏功した。日本は商用原子炉を54基建設し、福島の原発事故の前には、さらに多くの原発建設を計画していた。しかし、このアプローチは原子炉の安全強化につながらず、むしろ安全性を損なわせたと言える。安全神話を維持する必要性から、電力会社と政府は安全基準は改善できるとの指摘を一蹴した。結局、何かを改善するということは、以前は完璧ではなかったと認めることを意味するからだ。

 原発事故後のある調査報告書が結論付けたように、責任を負う立場にあった人たちは「炉心溶融のようなシビアアクシデント(苛酷事故)は決して起きないという安全神話にとりつかれ、危機が眼前で発生し得るという現実に備えていなかった」。

 新旧政府による稼働再開に向けた取り組みにもかかわらず、現在、現存する原発はすべて稼働停止状態が続いている。安倍晋三首相は、福島の事故以来、原発推進に最も熱心な首相であり、最も高い支持率を誇る首相でもある。だが、大半の国民は原発に懐疑的なままだ。

 原子力規制委員会は今週、1年前に安全基準が強化されて以降初めて、新基準に適合する原発を認定する見通しだ。これにより、早ければ今秋にも原子力発電が再開される可能性がある。