(英エコノミスト誌 2014年7月12日号)

ブラジルはサッカー競技場の内外で新たな発想を必要としている。

 ブラジルが過去に1度だけ主催した1950年のワールドカップ(W杯)では、ブラジルは周知の通り、ウルグアイとの決勝戦で、後半の13分間に2得点を許した末に2対1で負けた。ブラジル国民が意気消沈するあまり、劇作家でジャーナリストのネルソン・ロドリゲス氏はこの出来事を「国家的な悲劇・・・我々のヒロシマだ」と表現した。

ペレ氏、視線は早くも18年ロシア大会に

自国開催のW杯での歴史的敗北は、ブラジル国民に大きな衝撃を与えた〔AFPBB News

 もしそれが基準となるのなら、7月8日、ベロオリゾンテのミネイロン・スタジアムで行われた準決勝でブラジルがドイツに7対1で打ちのめされたことは、ブラジルのアルマゲドンだった。

 問題は、1920年以来最悪の得点差となった敗北の大きさだけではない。スピードと技術で勝るドイツの選手が、まるで大ナタがキャッサバを切り取るのと同じくらい易々と、ブラジルのディフェンスを突破する様子も痛烈だった。

 大きく開いた傷口に塩を擦りこむように、7月13日の決勝戦でドイツと戦うことになったのは、ブラジルの宿敵アルゼンチンだった*1

ブラジル国民の自信の源泉となってきたサッカー

 この屈辱はブラジル人に精神的な大打撃を与えた。ロドリゲス氏の大げさな言葉が浮き彫りにしているように、ブラジル以上に強くサッカーと一体感を持つ国はほかにない。これは1つには、ブラジルが恐れるべき現実的なヒロシマが存在しないからだろう。1944~45年に連合国側の一員としてイタリア戦線に一時関与したことを除けば、ブラジルは1860年代以降、戦争を戦ったことがない(1860年代のそれはパラグアイとの戦い)。

 ブラジルは幸運に恵まれ、寛容だったことで、軍事的脅威やテロ、民族的、宗教的な緊張に見舞われていない。

 しかし、ブラジルとサッカーとの一体感は、サッカーが国家的なストーリーと社会を結び付ける絆を与えてきたことにも起因する。

 人類学者のロベルト・ダマッタ氏が1980年代に書いた通り、長年その潜在力を生かせずにいるブラジルでは、サッカーの強さは「他のどんな制度機構も同程度にブラジルに与えたことのない自信」を与えた。ブラジルはW杯で5回優勝しているが、ノーベル賞を受賞したブラジル人は1人もいない。

*1=この記事が出た後の決勝戦では、ご存じの通り、ドイツがアルゼンチンを1-0で下し、優勝した