規制緩和による大学新設ラッシュで大学定員が急激に増加する一方、少子化による18歳人口の減少で、大学は厳しい市場競争にさらされている。そんな中、受験者数確保のため、郊外から都心にキャンパスを移す大学が増えている。

約30年前から東京都日野市にキャンパスを置いていた実践女子大学も、2014年4月に文学部、人間社会学部、短期大学部を渋谷キャンパスに移した。渋谷は学祖・下田歌子が学園の基礎を作った地であり、その地に戻って学祖の教育理念や建学の精神を展開することは長年の願いだった。

2014年度入試の志願者数は前年度と比べて一挙に30%も伸びた。飯田良明副学長は「日野の単独キャンパス時代には地理的デメリットで受験生を集めづらかった千葉県や茨城県からの志願者も増えた。新幹線を使えば、静岡から宇都宮まで通学圏が一挙に広がったことになる。受験生が増加することで合格最低ラインの引き上げが可能になり、受験生の質も、大学全体のレベルアップも図れる」と、早くも渋谷回帰の手応えを実感しているようだ。

実践女子大学
副学長 飯田 良明 氏

 

狭い敷地に開放的な空間を生み出す

 新築の高層校舎は渋谷駅からほど近く、六本木通りと首都高速道路渋谷線に面した都会の喧噪の中にそびえるが、中に一歩足を踏み入れると、そこは自然から取り入れた暖かな光と、開放感と、学舎らしいエネルギーに満ちた空間だった。

新校舎はもともと中学・高校が使っていた敷地の施設を再配置することによって作り出したスペースに建設。決して、十分な広さがあるわけではないが、敢えて17階建ての9階までに吹き抜け構造のアトリウムを設け、ガラス張りの教室やラウンジスペースを配置することで、圧迫感のない居心地の良い空間を確保。ラウンジスペースには北欧製のソファや照明がゆったりと配置され、センスの良いヨーロッパの小さなホテルに迷いこんだかのような錯覚すら覚える。 

 
「都心回帰の大学の高層校舎は狭いスペースをいかに有効に使うかを優先するあまり、無機質で遊びがなくなっているところが多いようだ。大学という学びの場は、普通のオフィスビルとは違うことを意識して、狭い空間でも圧迫感が出ないよう配慮。
居心地がよく、町に出て遊ぶよりも、できるだけ長く大学にいたくなるような空間作りにこだわった」そうだ。高質な調度品には「学生時代から、質の良いもの、デザイン性の高いものに触れ、センスを磨いてほしい」との思いが込められているという。
 

学祖・下田歌子の精神に立ち返る

 下田歌子は華族女学校の学監兼教授に就任後、明治天皇の皇女の教育を内命され女子教育視察のため2年間に渡って欧州諸国と米国を巡った。「国力の基礎は一般女子の教育にかかっている」との結論に達し、1899年(明治32年)に教育にかける信念を校名に冠した実践女学校を創設した。

日本の近代女子教育の礎を築いた下田歌子を学祖とする実践女子大学は、明治、大正、昭和に渡り、時代に先駆ける先進的な女子教育機関として歴史を刻んできた。

ところが、ここ10年で女子大は相対的に人気が低下傾向にあり、名門・実践といえども、例外ではいられない。背景には、女子の大学進学率の上昇とともに共学志向が強まっていることや、求められる女性像が「良妻賢母型」から「男性と伍して活躍できるキャリアウーマン」へとシフトしていることなどが考えられる。

しかし、飯田副学長は「どんなことがあっても、本学は永遠に女子大」と言い切る。「女性の地位向上のために尽くした下田歌子の精神を引き継ぎ、女子教育のあり方を追求していく。時代とともに女性の地位は向上し、社会のあり方も変わってきているが、教育理念でもある『品格高雅』『自立自営』は、豊かな教養を持ち、自ら生活の糧を得る力を付けるという意味であり、これからの男女共同参画社会においても十分に通用する考え方だ」と自信を示した。

そして、女子大として競争力を維持するための力を尽くしているのが、徹底した「面倒見」の良さだ。

飯田副学長は前任の大学で、入試で最後に合格を出した学生を、卒業時には学年トップの成績で送り出した経験があるという。「小中高のどのステージよりもはるかに学生の力を伸ばせるのが大学教育。自分が選んだ大学、選んだ学部で、自分がやりたいと思ったテーマにフォーカスを当て、専門の教授から指導を受けることができるのだから、教員に引き出す力さえあれば、いくらでも伸ばすことは可能だ」と考える。

このため、10年前に新設した人間社会学部では先進的な取り組みとして、1年生からゼミ形式授業を取り入れ、1クラス25人を上限とする少人数指導を徹底、学生一人一人に目が行き届く教育体制を敷いている。学力や生活態度などで問題のある学生がいれば、随時、担当の教員が個別に面談するなど、日常的に学生をエンカレッジするようなムードが行き渡っている。

就職活動時期になれば、ゼミの担当教員が一人一人のエントリーシートに目を通して指導するほど、信頼関係が構築されるようになるという。

さらに、数年前から導入した大学1年生に母校の恩師に暑中見舞いを書かせるプログラムが好評だという。生まれた頃からパソコンや携帯電話が当たり前のように生活にある世代で、メールやラインで友人同士のコミュニケーションはとれても、目上の人に葉書を書くような教育を家庭でも受けていない。「大学は専門教育機関であると同時に、かつては家庭が担っていた大人として当たり前のマナーをつけさせて社会に送り出す最後の関門としての役割も果たさなければならない」と肝に銘じる。

一方、暑中見舞いプログラムは、受け取る高校教師に対する、大学のアピール作戦という一面も担う。利便性の高い立地で、面倒見がよく、マナー教育まで行き届いた学校として、高校教師の信頼を勝ち取るためには、これからが正念場だ。

 

<取材後記>

 取材に訪れた際に、9階のカフェテリアを利用した。窓際の席からは東京の街を遠くまで見渡せる最高の眺望が広がり、キャンパス内とは思えない贅沢なランチタイムを満喫することができた。周囲を見渡すと、テーブル席には友人同士で他愛ないおしゃべりに興じる姿ばかりでなく、昼食を終えた学生が真剣に本を読んでいたり、資料やノートを広げてディスカッションしているグループもあちこちにあり、新学舎で学ぶ喜びと誇りが伝わってくるようだった。  

 
女子大生にとって、おしゃれな町にある、おしゃれなキャンパスで学べることは大きな喜びだ。受験者数の確保という点では、当面、実践女子大学は優位に立つことが可能だろう。ただ、本当の評価は、利便性や就職率だけではなく、教育機関としてのレベルアップと実績を積むことだろう。下田歌子が考えた「国力の基礎を支える」教育を実現し、「名門」のブランドを復活させるためには、学科の再編なども含めた不断のレベルアップ策を打ち出し続けていかなければならない。


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