(2014年7月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

集団的自衛権の検討加速へ、安倍首相が表明

憲法解釈の変更にこぎつけた安倍首相〔AFPBB News

 日本の内閣は今週、同盟国を防衛する日本の権利を宣言し、戦争放棄を規定した憲法の名残を破り捨てた。日本はこうして、扇動的なことで知られるニュージーランドやスウェーデンを含め、同じ権利を持つ多分に戦争好きの国々の仲間入りを果たすことになる。

 実は、ほぼすべての国が専門的には集団的自衛権として知られる権利を保持している。

 日本と同様に第2次世界大戦で間違った側についたドイツは実際、1955年に西ドイツが北大西洋条約機構(NATO)に加盟して以来、同盟国を守る義務を負っている。憲法で軍隊を廃止したコスタリカのような国だけが平和主義の原則を果敢に守り通している。

主要国で例外だった日本の平和主義

 つまり、主要国の中では、日本は例外だった。我々は、必要とあらば戦争を仕掛ける用意があると宣言する国がまた出たということを嘆くかもしれないし、安倍晋三首相の国家主義的なレトリックを嫌悪するかもしれない。だが、日本がやったことは、ただ単に、「普通」の国になることにほんの少し近づいただけだということを認めなければならない。

 米国占領軍のメンバーが日本の憲法を起草した1947年以降、日本は交戦権を放棄した。「平和主義条項」と言われる憲法9条は、「日本国民は国権の発動たる戦争を永久に放棄する」と書いている。これを達成するために「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」としている。

 日本の兵士がもう70年近く、敵に対して1発たりとも発砲したことがないのは事実だ。しかし、日本は陸軍も海軍も空軍も持っていないという考えは、検証に耐えない。日本の「自衛隊」は事実上、近代的な戦闘マシンだ。

 米国は、日本憲法が制定されたほぼその瞬間から、日本を説得して平和主義を捨てさせようとしてきた。朝鮮半島で戦争が勃発した後、米国は力のない同盟国は欲しくないとの判断を下した。ただ、日本にとって、平和主義の憲法は便利だった。国防を米国に委ねることで、日本は豊かになることに専念できたからだ。

 この立場は概ね有効だった。最近まで、戦車は信号で停止することを義務付けられていた。だが、10年前、当時首相だった小泉純一郎氏が「平和主義」の定義を徐々に変え始めた。同氏はアフガニスタンでの戦争のために補給支援を行った。イラクには、(困ったことに)戦うことは許されなかったものの、自衛隊の小さな部隊を派遣した。