(英エコノミスト誌 2014年6月28日号)

ポーランドは過去500年間で最高の25年を経験したところだが、その転換はまだ終わっていない。

 過去10年間の大半を通じ、欧州連合(EU)はお粗末な状況にあった。ギリシャや最新加盟国であるクロアチアなどは経済的にどうしようもない国だ。

 一般的な有権者はEUに対する信用を失くしてしまった。最近の欧州議会選挙では、わざわざ投票した人は有権者の4割程度で、投票した人の3分の1近くが反EUもしくはポピュリスト政党を支持した。

 欧州各国の首脳は週末のサミットで、説得力のある対応策を編み出す代わりに、ルクセンブルク出身の退屈な守旧派の連邦主義者、ジャン・クロード・ユンケル氏が欧州委員会を指揮するのに適任かどうかを巡って言い争うと見られていた*1。

 しかし、全般的な悲観ムードを覆す大きな国が1つある。本誌(英エコノミスト)が今週号の特別リポートで取り上げたポーランドである。

 かつて中欧の問題児と見なされていたポーランドは、共産主義の崩壊後、経済がEU域内で最も拡大した。先の金融危機時には、景気後退を免れた唯一のEU加盟国だった。そして隣接する2つの大国(また、かつての占領国)のドイツとロシアと、かつてないほど友好的な関係を築いてきた――少なくともロシアが今年、クリミアを併合するまでは、そうだった。

 裕福であろうと貧乏であろうと、ポーランドから学ぶことがない欧州の国は簡単には思いつかない。

周縁国から中核国へ

 ポーランドはいかにして、例えば産業が深く根付いているチェコ共和国などの中欧のスター国家をはるかに上回る結果を出すことができたのか。

 資本主義への転換を緩やかに進めることを選んだ多くの旧共産圏近隣諸国と異なり、ポーランドは1990年にレシェク・バルツェロヴィチ財務相(当時)が立案した「ショック療法」に着手した。ほぼ一夜にして価格統制が廃止され、市場が外国貿易に完全に開放され、通貨ズロチの兌換性が認められ、国営産業への補助金が削られ、民営化が始まった。

 ほぼすべての人にとって、この改革は痛みを伴ったが、国内総生産(GDP)が15%近く減少した短い不況の後、1992年には経済成長が再開し、今まで成長が途切れたことがない。