(英エコノミスト誌 2014年6月21日号)

強大な勢力がイラクを分裂させようとしている。何年にもわたる流血の事態を避ける最善の方法は、イラクの一体性を守ることだ。

 1世紀近く前、フランドル地方で激しい戦闘が行われていた頃、英国はオスマン帝国を分割するという重大な決断を下した。ロシアなどの国々がイスラム教徒に対する影響力を得ることを防ぐためだ。そうした影響力は、エジプトからインドに至る英国領のイスラム教徒を扇動するために利用されかねなかった。

 英国はフランスと協力し、君主制国家や保護国を作り上げた。こうして、オスマン帝国各州に散らばっていた様々な部族や宗派で構成される複数の国家が誕生した。

 帝国が築いたこの枠組みは、各国が独立した後も、専制君主や独裁者の手で維持され続けた。その枠組みが現在崩壊しつつある。その中心に位置するイラクでは、スンニ派の反乱が激しさを増している。過去10日の間に、ジハード(聖戦)主義組織「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」が、多数の元バース党員とスンニ派武装組織と手を結び、イラク第2の都市モスルを制圧し、首都バグダッドのすぐ近くまで押し寄せた。

 シーア派が支配するバグダッドが陥落する可能性は低いが、イラクは各派がにらみ合う膠着状態に陥りそうになっている。反政府勢力がイラクの広い範囲を支配し続ける一方で、クルド人が支配する北部は独立に向かうという状況だ。

 他方、シリアは内戦に飲み込まれ、バッシャル・アサド大統領が支配する西部と、クルド人やそれに敵対するスンニ派武装組織が支配する領域の寄せ集めである東部とに分裂している。2014年6月、ISISは、はるか昔にフランスと英国の外交官がイラクとシリアを分けるために引いた国境線の盛り土を破壊し、新イスラム国家の創設に向かう象徴的な一歩を踏み出した。

 イスラム世界以外の国々にとって、繰り返される斬首や大虐殺、宗派間の憎悪といった話は、2つの疑問を提起する。イラクとシリアで、古い秩序は回復できるのか? そして、もしできるとしたら、その秩序は保つ価値があるのか?

黒い旗を持つ部族

 中東全体で、帝国主義の時代が終わった後に出現した専制政治は、近代化に対する宗教的拒絶や、機会を奪われた怒れる若者と衝突してきた。

 イラクでは、2003年のイラク侵攻により、その衝突は特に破滅的なものとなっている。これは事実であって、英国のトニー・ブレア元首相を含め、イラク侵攻を計画した者たちがその事実を否定することは、決して自分たちのためにならない。

 イラク侵攻は、独裁制を排し、代わりに強靱な民主主義を根付かせるはずだった。だが実際には、アルカイダと、アルカイダ系の外国人ジハード主義者を招き入れ、長年にわたる自爆テロや宗派間の憎悪や国内の反乱により、イラク国民に残酷な結果をもたらした。同時に、欧米も、建設的な介入をすべき強力な理由がある場合でさえ、二の足を踏むようになってしまった。