(英エコノミスト誌 2014年4月12日号)

国債発行は一里塚だが、まだまだ先は長い。

 旅は壮大なものだったが、ギリシャは、目的地とは言わないまでも、1つの道標に到達した。ギリシャ政府が前回長期資金を調達したのは2010年3月。市場がギリシャに対する信頼を完全に失い、最初の救済を余儀なくされるわずか数週間前のことだった。そしてギリシャ政府は4月10日、市場に復帰。応募額が募集額を大幅に上回る5年債の発行で、5%をやや下回る表面利率で30億ユーロ(41億ドル)を調達した。

 金額はわずかかもしれないし、利率はやはり救済された他国の借り入れコストに比べて高いかもしれない。例えばポルトガルの5年物国債は約2.6%の利回りで取引されていた。

 だが、ギリシャ危機の深刻さを考えると、1度でも国債を発行できたことは、やはり信じ難いような気分を誘う。6年連続の景気後退によってギリシャ経済は4分の3に縮小し、最悪期にはギリシャをユーロ圏から追い出す可能性が極めて高いように見えた社会的、政治的混乱を引き起こした。

危機のどん底からは脱したが・・・

 過去4年間のほとんどの期間を通して、市場への回帰はどのような条件でもあり得ないように思えた。これは、急騰した債券利回りによって裏付けられる見方だった(図参照)。

 ギリシャはこの間、資金調達ニーズを満たすうえで、ユーロ圏諸国の政府と国際通貨基金(IMF)からの支援に完全に頼っていた。

 2010年5月に、ギリシャは最初の期間3年の救済資金1100億ユーロを受け取った。当時の目的は、ギリシャは早ければ2012年にも再び市場を利用し始めるべきだというものだった。

 ところが、ギリシャは2年足らずのうちに2度目のさらに大規模な救済が必要になり、2016年まで総額2460億ユーロに上る資金をユーロ圏の貸し手とIMFから調達することになった。これは昨年の国内総生産(GDP)の135%に相当する金額だ。

 これだけの規模の救済作業が必要になったのは、ギリシャが破綻しており、債務の再編を必要としているという認識を持つのが遅れたためだ。初期の公的融資の多くは、保有債券が満期を迎える民間債権者向けの返済に使われた。