もちろん唐や宋の時代を通じて、貿易が徐々に行われていったが、これをもって南シナ海の島々への中国の歴史上の支配を正当化するのは荒唐無稽と言わざるを得ない。

 その後、明王朝が富の独占を図るために、船の建造などを禁じる海禁政策を取った結果、朝貢貿易は栄えるものの、商人による自由な航海は行われなくなる。むしろ、倭冦という海賊がはびこるのもこのためである。勘合貿易として知られる日本と中国との貿易は、その時代の朝貢貿易の一例である。

 また、15世紀初頭に鄭和による遠洋航海が行われて以降は、明時代の後半、そして清時代に入ると、海禁政策のため、中国は海洋への進出を行わなくなったと言ってもよい。

 その証拠に清時代の中国の地図には、南沙諸島は描かれていない。むしろ、清時代の海禁政策は銀や銅の不足をもたらし、その結果として、経済混乱が起こり、東南アジア方面への中国人の大量の移住が始まったとされている。また、1842年に終わったアヘン戦争後、国力の低下した中国の海洋進出は全く見られなくなってしまう。19世紀は、一層多くの中国人の東南アジア諸国への移住を促すこととなった。

 その一方で、東南アジアの諸民族は、近代に入っても、常に南シナ海を古代と同様に航海していたことが知られている。

 こうした歴史的事実は、私たち日本人にとっては、しごく当たり前のことであり、あえて言挙げするに値しないほどのことかもしれない。しかし、これほどまでに中国政府が、対外的な宣伝を繰り返すならば、歴史的事実をもって、国際社会に正当性がどちらにあるかを明らかにすることはもはや当然の義務であろう。

 私たちに代わってフィリピン政府は、こうした歴史的事実を国際仲裁裁判所を通じて大真面目に提示してくれているということなのだ。

国際法と合致しない九段線の主張

 続けて、ゾイロ君のメールには、フィリピンの国際仲裁裁判所に対するフィリピンの法的な主張が次のように明確にされている。

・中国の九段線(の主張)は、南シナ海のほとんど全ての権利を主張し、他国の排他的経済水域や大陸棚にまで及ぶほど拡張的であって、国際法に反するものである。