Financial Times

孫の世代を待ち受けるケインズの楽園

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(2010年7月21日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

金融危機が勃発した時に、政策当局が自分たちの奇抜な経済モデルに手を伸ばさず、財政支出を伴う景気刺激策というケインズのアイデアを本能的に採用したことは、ジョン・メイナード・ケインズという人物の才能がよく分かる(そして、現代マクロ経済学の欠点も同じくらいよく分かる)出来事だった。

 本紙(フィナンシャル・タイムズ)では今週、この景気刺激策を打ち切る時期が来たのかというテーマについて、傑出した思想家たちに論じてもらっている。

 もしかしたら、この問いは「もし景気刺激策が解決策なのだとしたら、一体何が問題なのだろうか?」という具合に、一度ひっくり返して考えてみるべきかもしれない。

景気刺激策を打ち切るべきか否か

 この問題は、まず、貯蓄をしたいとか借金を返したいという人が多すぎたことにあった。つまり、人々は自分たちのサービスを誰かに買ってほしいと願う一方で、他人のサービスを買う気にはなれなかったということだ。

 ちょっと計算すれば分かるが、これでは経済に余剰生産能力が生じてしまう。また、企業は景気回復の見通しに悲観的だったため、世間にあふれる貯蓄をかき集めて新しいプロジェクトに投資するということをしなかった。ここでも余剰生産力は生じるだろうし、長く居座る恐れもある。もしそういうことが問題であるのなら、政府による景気刺激策がその解決策となるだろう。

 上の段落は、米国や英国の経済の記述として悪くないように思われる。その意味で、景気刺激策を求める主張はなかなか強力だと言えそうだ。ただし、債券市場の忍耐力は無限ではない(市場のご機嫌を取るために何を言っても構わないが、カネを貸してもらいたい場合、市場にカネを貸す気があるかどうか、心配するだけの理由が我々にはある)。

 それに、既に大変な規模の財政出動が行われている以上、景気が回復するに従って、刺激策を減らしてもやっていけるという主張は決して不合理ではない。

 財政による景気刺激を続けるべきか、それとも緊縮財政に転じるべきか、筆者自身どっちつかずの態度を取っていることは承知しているが、それは、ポール・クルーグマン、ニーアル・ファーガソン両氏の論争には決して立ち入るべからずという筆者の新しいモットーの一環なのだ。

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