米国を代表するバイオ製薬会社の1つにアキュセラという会社がある。米国では50歳以上の人が視力を失う最大の原因とされている加齢黄斑変性という病気の画期的な治療薬を開発している。開発は最終段階に近づいており、成功すれば夢の新薬となる。

 その会社を起業したのが日本人だった。創業者であり最高経営責任者(CEO)でもある窪田良さんは、米国で最も有名な日本人の1人と言えるかもしれない。

 JBpressでは過去にも窪田さんの記事を掲載している(「新薬発見、日本人の手で」)。今回は窪田さんが自らの人生を振り返った著書『極めるひとほどあきっぽい』を出版したのを機に、改めて話を聞いた。

 落ちこぼれだった少年が、今では世界中から集まってくる最高級の頭脳をマネジメントするようになった。普通の日本人からするとまさに夢のような物語だが、それは決して雲の上の出来事ではない。

 やる気と根性があれば落ちこぼれだった日本人にもできるのだ、という事実ほど若い人に勇気を与えてくれるものはないだろう。第2、第3の窪田さんが生まれることを願いたい。

落ちこぼれの少年が勉強好きに変わったきっかけ

極めるひとほどあきっぽい』(窪田良著、日経BP社、1500円・税抜き)

川嶋 米国でバイオ製薬会社を起業し、世界が注目する新薬開発に取り組んでおられる窪田さんですが、子供のころは落ちこぼれだったそうですね。

窪田 船会社に勤めていた父親の転勤で、小学校を5回転校したんです。勉強の進捗がそれぞれの学校で違うので、チンプンカンプンでしたね。父親は世界中を回っていて、年に1~2カ月会うくらいでしたので、小さいころは寂しい思いもしました。

川嶋 そういう環境だったのに、慶應義塾大学医学部に進んで医師になられたわけですが、どうやって勉強ができるようになったんですか。

窪田 それはたまたま出会った先生のおかげです。父の転勤で米国のニューヨークに住んでいた小学校6年生の時に、土曜日の補習校で出会った川端英子先生が厳しい愛のムチで指導してくださったんです。それが僕にはすごく合っていたんですね。