(英エコノミスト誌 2014年1月25日号)

抗議行動は激化し、暴力的になっているが、大統領は譲歩していない。

ウクライナ反政権デモで初の死者

1月22日、ウクライナの首都キエフの中心部で、機動隊と衝突する反政権派のデモの参加者〔AFPBB News

 1月22日は本来、ウクライナ統一の日を記念し、ソ連構成国になる前の束の間の独立を祝う日になるはずだった。代わりにこの日は社会不安の日となり、多分にソ連崩壊後のウクライナの完全性を試す最大の試練になった。

 キエフのマイダン(独立広場)で概ね平和な野営が2カ月間続いた後、抗議行動は暴力化した。5人が死亡したと伝えられており、数百人が負傷した。

 装甲人員運搬車が街をかき分けて進んだ。黒煙の雲と炎が、雪で覆われた地面を斑模様にした。独立国家としての歴史の中でウクライナがこれほど暴力を目にしたことは1度もなかった。

デモ規制法への怒りと野党指導者への不満

 暴力を引き起こしたのは、メディアに厳しい規制を課し、過去2カ月間の抗議行動を違法とする一連の抑圧的な法律の制定だった。ある法律は、外国から資金提供を受けている慈善団体や人権団体に「外国のスパイ」の汚名を着せるなど、ロシアの先例をほぼ文字通り踏襲したものだ。

 ロシアの人権活動家たちがロシアの議会を、抑圧的な法律制定を量産する「気の狂った印刷機」だと非難するとしたら、ウクライナは「気の狂ったコピー機」を持っている、とキエフの人権擁護センターのオレクサンドラ・マトヴィチュク氏は言う。衝突は、抗議者たちがこうした法律に従うのを拒む姿勢を端的に示している。

 だが、今回の衝突は、人気のある元ボクサーのビタリ・クリチコ氏やテクノクラートのアルセニ・ヤツェニュク氏、国家主義者のオレフ・チャフニボク氏など、ウクライナの無能な野党指導者たちに対する不満も反映している。

 欧州連合(EU)との貿易協定を反故にするというビクトル・ヤヌコビッチ大統領の決定に抗議して市民が最初に街頭に繰り出して以来、野党勢力は多くのことは成し遂げられなかった。野党の指導者たちは非現実的にヤヌコビッチ大統領の退陣と早期解散選挙の実施を求めた。ヤヌコビッチ大統領の財政支援者の何人かと交渉した後でさえ、何も譲歩を引き出せなかった。

 その過程で、野党の指導者たちは言葉より行動が求められているマイダンで多くの支持を失った。1月19日の集会では、群衆が自分たちの指導者と目される人たちにブ―イングまで送っていた。

 衝突は、バリケードの両側で憂慮すべき急進化が進んでいることを示している。ここ数日、勢いは、サッカーのフーリガンや極右の国家主義者の寄せ集め連合である「右セクター」と呼ばれるグループに傾いている。右セクターは警官隊に火炎ビンを投げつけたり、革命的正義を乱暴に誇示して体制派の工作員として活動しているとの嫌疑で拘束された人たちの周辺を行進したりして、そのたちの悪さを見せつけた。