(英エコノミスト誌 2013年12月21・28日合併号)

第1次世界大戦から1世紀を経た現在の世界情勢は、大戦勃発に至る時代に恐ろしいほど似ている。

 今からちょうど100年前の年の暮れ、欧州の大半の人は新年の1914年を楽観的に待ち望んでいた。ワーテルローの戦いに始まるその前の100年間も、世界に惨事が全くないわけではなかった。米国は悲惨な南北戦争を経験し、アジアの一部地域では戦いがあり、普仏戦争が起こり、時折、植民地紛争もあった。

 だが、欧州大陸は全体として平和だった。グローバリゼーションと新技術――電話、蒸気船、鉄道――が世界を1つにつなぎ合わせた。ジョン・メイナード・ケインズが、当時のロンドン市民の暮らしを見事に描き出している。

ケインズが描いた暮らしから過去に例を見ない悲惨な戦争へ

 「朝の紅茶をベッドでゆっくり飲み」「世界中のさまざまな商品」の配達を注文し――彼が現代に生きていたらアマゾン・ドットコムでそうしただろう――、そうした状況を「ごくありふれた、確かな、良くなりこそすれ、いつまでも変わらずにあるもの」だと書いているのだ。

 ケインズのベッドサイドのテーブルには、ノーマン・エンジェルの『The Great Illusion(大いなる幻想)』も置かれていたかもしれない。この本の中では、欧州各国の経済がこれほど一体化していては、戦争は無益でしかないという主張が展開されている。

 だが、1年と経たないうちに、世界は過去に例のない悲惨な戦争に巻き込まれた。900万人の命が失われた。ソビエト・ロシアの誕生、あまりにもいい加減に引き直された中東諸国の国境、そしてヒトラーの台頭など、その後の様々な地政学的な悲劇も勘定に入れれば、犠牲者の数はその何倍にも膨らむ。

 自由の友だったテクノロジーは残虐行為の道具となり、恐るべき規模で人々を殺戮し、奴隷化した。世界中に障壁が張り巡らされた。特に1930年代の世界大恐慌の時代には壁が高くなった。

 ケインズの時代のロンドン市民が享受していたグローバリゼーションが再び動き始めるのは、1945年になってからだ。見方によっては、グローバリゼーションの再開は、東欧が解放され、鄧小平の改革が中国で実を結び始めた1990年代まで待つ必要があったとも言えるだろう。

 1世紀前に世界を襲った惨事は、ドイツが原動力になっていた。当時のドイツは、欧州の支配を目論み、そのための戦争を起こす口実を探していた。

 だが、現状に満足していた世界にも責任はある。ロンドンでもパリでもほかの場所でも、あまりにも多くの人が、英国とドイツはお互い米国に次ぐ貿易相手国なのだから、争う経済的理由がなく、したがって戦争など起こるはずがないと信じていた。