(英エコノミスト誌 2013年11月23日号)

債務危機に陥っても、プエルトリコ人は買い物をやめない。

 ほとんどの中南米の首都は、プラザデアルマスと呼ばれる教会や政府関連ビルが立ち並ぶ広場を中心に構成されている。だが、プエルトリコ人がプラザに行くという時、それはプラザ・ラス・アメリカスを意味する。景気後退が7年目に入り、島が厳しい財政引き締めに直面しているにもかかわらず、2013年に2600万人の買い物客の来場を見込む巨大モールだ。

 米領プエルトリコのマクロ経済の状況は2010年のギリシャのそれに酷似している。自らコントロールできない強い通貨を使用している。市民は肥大化した公的部門への税の支払いを回避しようと躍起になっている。そして政府関係者は過剰なまでに、デフォルト(債務不履行)など考えられないと主張する。

 しかし、暴動は起きていないし、政権交代を求める声も上がっていない。ボリクアと呼ばれる島民たちは買い物に大忙しで、街頭に繰り出す暇がないのだ。2006年以降、プエルトリコの実質国民総生産(GNP)が12%減少する一方、個人消費は2%増えた。そして現地のアナリストらは、プエルトリコと米国の親密な関係(プエルトリコはコモンウェルスと呼ばれる未編入領域)がいくつもの「逃し弁」を提供してくれると強調する。

比較優位を失うプエルトリコ

 プエルトリコ経済は何十年にもわたって減速を続けてきた。1898年にプエルトリコを併合した米国は第2次世界大戦後、この島に米国本土市場への自由なアクセスと無税の利益送還を与えることでサトウキビへの依存を絶たせた。安い労働力と並び、そうした特典が繊維や食品企業を島に呼び込み、1970年代には製薬企業も追随した。

 ところが1990年代に入る頃には、プエルトリコの比較優位性に陰りが見え始めた。連邦法人税の減免措置を失い始め、連邦最低賃金を適用せざるを得なくなった。シンガポールやアイルランドといった競合国が医薬会社の投資を巡って競い合うようになる一方、米国はプエルトリコの近隣諸国と自由貿易協定を締結していった。

 プエルトリコでの事業展開にも苛立ちが伴うようになった。非公式経済は推定でGNPの4分の1相当まで膨れ上がり、合法的な企業は財政負担の過大なシェアを負わされている。税法は高い税率を定めているが、適用除外だらけだ。

 一方、政府系の電力独占企業は労働組合とサプライヤーに捕らわれ、米国本土の3倍の電気料金を徴収しているにもかかわらず、昨年3億8300万ドルの赤字を出した。こうした一連の問題に直面し、経済は2006年に景気後退に陥った。