第35代米国大統領ジョン・F・ケネディ(JFK)が凶弾に倒れてから、11月22日で50年となる。核戦争の瀬戸際までいったキューバ危機の記憶も新しく、東西冷戦の極期とも言える時期に起きた事件だけに、いろいろと憶測を呼んだ。

ワシントン大行進に20万人以上が参加

オリバー・ストーン監督の「JFK」は、暗殺事件の背後を探る代表作

 しかし、翌年、ウォーレン委員会が出した結論は、リー・ハーヴェイ・オズワルドによる単独犯行。とはいえ、そのオズワルドは、すぐさま、ジャック・ルビーに殺害され、そのルビーも1967年には死亡。死の匂いが充満するこの事件には、今も陰謀説が尽きない。

 事件の起きた1963年は、エイブラハム・リンカーンの奴隷解放宣言から1世紀を経ても、いまだ「ジム・クロウ法」が邪魔をし、人種差別が歴然と存在していた社会に、大きな変化が訪れようとしていた時期でもあった。

 その象徴とも言えるのが、8月28日の「ワシントン大行進」。人種差別撤廃を求め20万人以上が参加したデモである。

 そして、ワシントン記念塔広場に集まった人々を前に、運動の中心となったマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が語りかけたのが、あの「I have a dream」のフレーズを繰り返す名演説。そして、ホワイトハウスへと向かった公民権運動のリーダーたちとケネディ大統領との会見が実現したのである。

 キング牧師はマハトマ・ガンジーの影響を受け、非暴力主義による運動を繰り広げていた。その一方で、ネーション・オブ・イスラム(NOI)のような急進的手法で権利を勝ち取ろうとする組織も存在していた。

マルコム X

 しかし、「奴隷化される前の我々の宗教はイスラム教だった」というNOIの教義には、独特かつ過激な部分もあり、伝統的イスラム教徒からは認められないことも多かった。

 その中心的存在の1人マルコムⅩは、1964年4月、NOIを脱退、メッカ巡礼に出た。そして、真のイスラムに目覚めたというマルコムは、帰途訪れたアフリカとの連帯を強く意識するようになる。

 しかし、より広い視野に立つ運動へと向かいつつあった矢先の1965年、暗殺。ここに至るまでの紆余曲折の道は、本人が乗り移ったかのようなデンゼル・ワシントンの熱演が光る『マルコムX』(1992)に詳しい。

 一方のキング牧師は、1964年7月、公民権法が制定され、ノーベル平和賞も受賞。夢への道を順調に踏み出していた。しかし、その彼も、68年4月、テネシー州メンフィスで銃撃され死亡。6月には、二人三脚で兄を支えていたロバート・ケネディも、米国大統領選参戦中、ロサンゼルスで暗殺されてしまった。