(英エコノミスト誌 2013年11月16日号)

記録に残る史上最大級の台風がフィリピン各地を壊滅させたが、救援物資はなかなか届かない。

被災地への着陸を試みるヘリコプター、フィリピン・パロ

台風30号により大きな被害を受けたフィリピン・レイテ島の町パロで、町の南部にあるビーチに救援活動のために着陸しようとする米軍のヘリコプター〔AFPBB News

 恐ろしい嵐や洪水、地震に長く慣れてきたフィリピン人は、自然災害に直面しても大抵は平然としている。だが、11月8日にフィリピン諸島の中部を直撃したスーパー台風は、平均風速が時速250キロという前代未聞の規模だった。

 後に残った被害の大きさは衝撃的だった。ベニグノ・アキノ大統領は、その惨状を「国家的災難」と宣言した。

 台風に見舞われたいくつかの町は、2度と完全には復旧しないかもしれない。今のところ、フィリピンはもっと周到に準備ができていてもおかしくなかったのではないか、そして太平洋沖を――最近は特に頻繁に――進んでくる激しい暴風雨の影響を和らげるために何ができるかという疑問が投げかけられている。

貧しい地域を直撃

 多くのフィリピン人は、国連の第19回気候変動枠組み条約締約国会議(COP19)がポーランドのワルシャワで開催されていたちょうどその時に、今回の台風がやって来たことを心に留めている。フィリピン政府は、人為的な気候変動が台風のリスクを高めていると主張するが、科学者たちははっきりとした確信が持てずにいる。

 台風ハイヤン(フィリピンではヨランダと呼ばれる)に襲われた地域の中には、人里離れたところもある。ハイヤンが襲撃してからほぼ1週間が経っても、被害の正確な全貌は明らかになっていなかった。政府は、2300人以上が死亡したと述べている。レイテ島のタクロバンなど最も被害の大きかった場所で収容される遺体が増えるにつれ、死者数は増えるだろう。

 政府は、ハイヤンにより約700万人が被災したと話す。国連は最大で1100万人に上ると言う。家を失った人は約60万人に達する。

 台風による経済損失は、初期の推定で約150億ドルとされる。この比較的少ない数字は、ハイヤンが荒廃させた地域の一部はフィリピンで最も貧しい地域だという事実を反映している。

 こうした後進性は、多くの場所で救援活動がなかなか進まない理由を説明する一因にもなっている。道路や空港は従来とても素晴らしいと言えるものではなかった。ハイヤンは今、そのインフラの多くを破壊してしまった。

 救援物資は、開発が進んだセブの観光拠点にはかなり容易に空輸されている。だが、国連機関や非政府組織(NGO)は、物資が切に必要とされている地域に食料や医薬品を運ぶのに悪戦苦闘している。

 ハイヤンで家を失った村人たちは、セブからセブ島最北端のダーンバンタヤンに向かう曲がりくねった主要な沿岸幹線道路沿いにいる。なぎ倒された木々、壊滅状態の農作物、倒壊した電線、吹き飛ばされた家といった惨状の中で、子供たちは乱雑に書かれた段ボールの標識を掲げている。「助けて」「食料が必要」――。