(英エコノミスト誌 2013年8月24日号)

マーティン・ルーサー・キング牧師の演説から50年が経った今、米国の人種問題の解決には、新たなアプローチが求められている。

キング牧師をしのぶ展示会、米首都で開催 ワシントン大行進から50年

1963年8月28日、「ワシントン大行進」で支持者に手を振るマーティン・ルーサー・キング牧師。この日、「I Have a Dream・・・」で有名な演説を行ってから50年が経った〔AFPBB News

 彼の名は、学校に、街に、橋に、数々の伝記に刻まれている。米国の子供たちは、言葉を話せるようになるかならないかのうちに、マーティン・ルーサー・キング牧師を敬うことを教えられる。

 彼のメッセージは、米国建国時の約束をシンプルに説明している――その約束とは、「すべての人は平等につくられ、生命、自由、幸福の追求に対する権利を持っている」というものだ。「すべての人」とは、「どんな人でも」ということだ、とキング牧師は説明していた。

 その理想が最高の演説となったのが、1963年8月28日のことだ。ワシントンに集まった人々を前に、キング牧師は即興でこう語りかけた。「私には夢がある。私の4人の幼い子供たちが、いつの日か、肌の色ではなく人格で評価される国に暮らすようになるという夢が」

 それから50年が経ち、米国は、同じ国とは思えないほど変わった。ジム・クロウ法の時代には、南部に住む黒人は、有権者登録をしようとすればリンチに遭う危険があった。有色人種専用の質が悪い水飲み場や学校を利用しなければならなかった。格の低いとされる職業にしか就けなかった。1940年には、黒人女性の仕事の60%は家事使用人だった。

 今、アフリカ系米国人は、少なくともバラク・オバマ氏が立候補しているのなら、ほかのどの人種よりも積極的に投票に行く。有色人種の候補者に対する白人の偏見は、ほとんど見られない。白人の多いマサチューセッツ州の知事は黒人だ。2008年の大統領選では、オバマ氏は2004年にジョン・ケリー氏が得たよりも多くの白人票を獲得した。

 キング牧師の時代には、多くの州で異人種間の恋愛は法律で禁じられていた。現在では、新たな結婚の15%が異人種間結婚だ。黒人男性に至っては、その率は24%に上る。

 キング牧師の時代、人種の隔離は、南部では法で定められ、北部では規範的な制度だった。エドワード・グレイザー氏とジェイコブ・ビグドー氏の最新の研究によれば、今では「白人しかいない地域は、事実上消滅」しており、米国の大都市圏の上位85カ所すべてで人種の隔離は減退しているという。

 いまや黒人が大都市の市長になっても(ワシントン、フィラデルフィア、デンバー)、大企業のトップになっても(メルク、ゼロックス、アメリカン・エキスプレス)、銀幕で神の役を演じても(モーガン・フリーマン)、誰もおかしいとは思わない。公民権革命後、黒人の所得は絶対値でも、白人に対する相対値でも、急増した。

前進の中断

 しかし、近年になって、経済面での前進が行き詰まりを見せている。2000年から2011年の間に、黒人の世帯収入の中央値は白人のそれに対する比率で64%から58%に減少した。さらに気がかりなのが、貧富の格差だ。

 相対的に貧しいほど、財産に占めるローン付き住宅の割合が高くなる。そのため、住宅バブルの崩壊後、格差は劇的に拡大した。2005年には、白人世帯の純資産の中央値は黒人世帯の11倍だったが、2009年には20倍になった。