(英エコノミスト誌 2013年7月13日号)

混乱と流血、民主主義の後退はある。しかし民主化のプロセスは時間がかかるものだ。希望を捨ててはならない。

 アラブ世界で革命が起き始めてからおよそ2年半が経ったが、安定した平和な民主主義への道をまっすぐに歩んでいる国は、まだ1つもない。チュニジア、リビア、イエメンといった見通しの明るかった国も、苦闘を続けている。人口が最も多いエジプトでは、混沌とした民主主義の実験が、選挙で選ばれた大統領が拘束される事態に行き着いた。シリアは内戦の血にまみれている。

 アラブの春は失敗に終わったと考えるに至った人がいても、無理はない。そうした人たちは、中東はまだ変化の準備ができていないと主張する。その理由の1つが、民主的な制度がないという点だ。そのために、民衆のパワーが歪んで政治的混乱に陥ったり、独裁の復活を招いたりすることになる。

 もう1つの理由が、中東を団結させる力の1つがイスラム教だということだ。イスラム教は民主主義に順応できず、したがって、アラブの春が起きていなかった方が、中東の状況はいまよりもましだったはず、というのが彼らの結論だ。

 だが、その見方は良くても早計で、悪ければ間違っている。民主主義への移行には、しばしば暴力が伴い、時間もかかる。アラブの春が生んだ最悪の結果――最初はリビア、現在はシリア――は、確かにひどいものだ。だが、本誌(英エコノミスト)の特集記事でも訴えているように、中東のほとんどの人々は、時計の針を戻したいとは思っていない。

本筋を見誤ってはならない

 アラブの春は失敗だったと主張する人たちは、それ以前の長い冬と、それが人々の生活に与えていた影響を無視している。 

 1960年時点では、エジプトと韓国の平均寿命と国民1人当たりの国内総生産(GDP)は同程度だった。だが今では、大きくかけ離れている。現在のエジプトでは、都市住民が大幅に増え、読み書きのできる人が人口の4分の3に上るにもかかわらず、1人当たりのGDPは韓国の5分の1にすぎない。貧困と栄養失調による発育不良が、あまりに蔓延している。

 ムスリム同胞団の信仰と無能な政府は、その解消には全く役に立たなかった。だが、エジプトの根深い問題は、それ以前に国を治めていた独裁者たちが悪化させたものだ。他のアラブ諸国の多くも似たり寄ったりだった。

 この点は重要だ。というのも、アラブの春の不安定な進展を考えれば、独裁者による近代化こそ解決策だとする声が多いからだ――秩序を保ち、経済を成長させるためには、アウグスト・ピノチェトやリー・クアンユー、鄧小平のような人物が必要だというわけだ。

 東南アジア諸国とは違って、自国の経済発展に伴って積極的に民主主義を育てようとした哲学的指導者は、中東には存在しない。それどころか、独裁者の兄弟やファーストレディの親類が、有利なビジネスをすべて独占している。