筆者の本業は貿易商である。仕事柄、シンガポールに出張することが多い。クライアントは中国系、現地では有力なファミリー企業の1つだ。早いもので彼らとのつき合いは30年になる。(文中敬称略)

 公務員時代には北京に4年ほど住んでいたが、過去5年はビジネスマンとして年に数回シンガポールを訪れている。そこで見えてくるのは、大陸の中国人とは微妙に違うシンガポールの中国系社会だ。

 シンガポールについてはおびただしい量の書籍や資料があり、詳しく話し始めると1冊の本が書ける。そこで、今回はシンガポールと中国大陸の中国人社会の比較に絞って、話を進めたい。

「啓蒙専制国家」シンガポール

シンガポール、全居住者に行政手続き用メールアドレスを付与へ

シンガポールは今年6月、外国人も含めた全住民にメールアドレスを付与することを決めた。行政手続きの効率化が狙いだ。写真は同国の公営アパート〔AFPBB News

 幸い取引先とは先代からの長いつき合いがあり、出張するごとにシンガポールの中国系社会の本音について色々教えてもらっている。

 憲法上は「すべてのシンガポール人は平等」が建前なのだが、実際にはシンガポールは華人中心の啓蒙専制国家だ。

 2009年統計によれば、シンガポールの人口は約373万人だが、中国系はその74.2%に当たる277万人弱もいる。もちろん、マレー系、インド系も少なくないが、それぞれ50万人、37万人しかいない。中国系は圧倒的多数派なのである。

 その中国系社会における最大勢力は福建人で約41%を占め、それに潮州人(約21%)、広東人(15%)、客家人(12%弱)などが続く。シンガポール経済界では福建人が圧倒的に強いと言われるが、政界ではリー・クアンユーなど客家人が有力だ。

 ちなみに、中国政府の定義によれば、「華人」とは移住先の国籍を取得した中国系住民であり、国籍を取得しない「華僑」とは区別されている。さらに、最近では新たに移民してきた「新華人」も増えており、シンガポールの中国系社会も徐々に変化しつつあるようだ。

シンガポール株式会社

 先日ある日系大企業の現地代表から面白い話を聞いた。「シンガポールは国家というより、1つの巨大な企業のようだ」――これほど的確な指摘はない。ビジネスマンだからこそ、シンガポールの本質が見えるのだろう。まさに我が意を得たりである。

 「アジアにはアジアの価値観があり、欧米流の人権や民主主義は馴染まない」、(天安門事件の際の中国共産党による鎮圧に対し)「私でも同じことをしただろう」、いずれもシンガポール建国の父リー・クアンユーの言葉だと言われる。