ベンチャー企業の創業者(アントレプレナー)は、事業を成長させる過程で様々な意思決定の場面に直面する。アントレプレナーファイナンスという学問分野は、事業・財務・組織の各戦略における選択肢をいかに組み立てれば、創業者が得る成功の果実が最大になるのかを追求テーマとする。このテーマに精通した人材を育成することは、日本の起業促進に大いに役立つだけでなく、日本の既存企業にとっても収益性の改善に繋がることだろう。

 私たちは、アメリカ経営大学院(MBAコース)の代表的なアントレプレナーファイナンスのテキストを翻訳出版(2004年)しているが、ファイナンス教育の歴史の浅い日本の実務家には少々手強い内容であったと思われる。そこで、このテキストで説かれている理論をさらに多くの人々に紹介すべく、訳書の入門編である『MBA アントレプレナー・ファイナンス入門  ―詳解ベンチャー企業の価値評価』(2013年、中央経済社)を刊行した。

 以下、アントレプレナーファイナンスの知識とそれを実践する能力がなぜ今の日本に必要であるのかを述べてみたい。

国際競争力とアントレプレナーシップ

 スイスのビジネススクールIMD(経営開発国際研究所)が毎年各国の国際競争力ランキングを発表している。日本は調査対象59カ国中、1993年までは総合第1位を占めていたが、徐々に順位を下げ、2011年時点で26位、2012年時点では27位で、もはや国際競争力がある国とは見られていない。

 国際競争力の低さの主要因として、アントレプレナーシップ、環境の変化に対応する柔軟性・順応性、中小・中堅企業の成長性の欠如が指摘されている(図表1)。

図表1 国際競争力調査(IMD)での日本の低評価項目

 事実、日本の新規開業率は極めて低い水準にあり、開業率が廃業率を下回る状態が長期にわたって続いている。

 中小企業の低収益性も極めて深刻である。財務省発表データから、本業の利益である営業利益が総資本に占める比率(総資本営業利益率)を金融保険業を除く全産業について企業規模別に調べた結果が図表2(推移)と図表3(平均)である。