体調不良の銀行家を喜ばせた「ドリア」

西洋料理の巨匠が横浜で考案

2013.02.08(Fri) 澁川 祐子
筆者プロフィール&コラム概要

 <ある日、当ホテルに宿泊をしていたある銀行家が体調を崩し、料理長に何か喉に通りのよいものを作ってほしい、とリクエストしました。/彼は即興で、当時、20銭で売られていたタンバル、太鼓形の器に盛られたライスの上に、当時流行っていた小海老のクリーム煮をのせ、グラタンソースをかけ、焼き上げてお出ししました。>

 喉の通りがよく、消化のよいもの。そう考えてワイルがつくりだしたのが、のちに名物となるシーフードドリアだったというわけだ。

 「ドリア」という名前は、もともとはイタリア語である。イタリアのジェノバの貴族であるドリア家にちなんだ料理の名前で、19世紀、パリのレストランが常連客のドリア家の人のためにつくったものだとされている。ただし、この料理はトマト、キュウリ、卵を使ったイタリア国旗を模したものであり、日本のドリアとはまったく異なる料理である。

 ワイルはなぜ、エビを使ったライス入りグラタンを「ドリア」と名づけたのか。

 1935(昭和10年)当時のアラカルトメニューを確認することができたが、そこにはドリアの文字はない。

 やや近いと思われる料理は、「芝海老 ニューバーグ ライス添え」だ。ニューバーグとは、アメリカのニューヨークの地名にちなんだソースの名前で、ソテーしたエビをコニャックやブランデーなどの酒で香りづけし、魚のフォン(だし汁)と生クリームを加えて煮たものだ。

 ただし、ご飯にニューバーグソースを添えただけの料理も一般に存在しているため、これがオーブンで焼いた“エビのドリア”とは断定できない。とはいえ、ドリアをつくるのに使った海老のクリーム煮というのは、おそらくこのニューバーグソースのことを指しているのだろう。

ドリア。ご飯や具入りピラフなどにホワイトソースやトマトソースなどを合わせ、チーズをかけてオーブンで焼く。「ライスグラタン」の異名も

 ドリアと名づけた理由として、一説にはイタリアの食材であるチーズを乗せて焼いたからだというが、上の引用文を読む通り、チーズは使われていない。いくつかの説があるものの、決定打はなく、憶測の域を出ていない。

 当時、周りにいた人がワイルに尋ねて記録に残していてくれればよかったのにと思うが、いまとなっては後の祭りだ。「これはドリアだ」と言われれば、素直にそういうものだと信じてしまうくらい、それだけワイルの料理というのは人々にとって新しかったということなのかもしれない。

当時のままのドリアは黄色

 ホテルニューグランドの本館1階にある「ザ・カフェ」では、いまも当時のままのドリアが味わえるという。そこで実際に足を運んでみた。

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


食の源流探訪

日本人が日常茶飯としている定番食。あまたある食べものの中で、
なぜそれが定番になり得たのか。どのように日本化されていったのか。
「新・日本食」の源流からの流れを、歴史をひもときながら考察する。